UP20021102
Darling!! ― 12 「晴れた日には、我が子と一緒に。」
部活動のない安息の休日は、実に良く晴れ渡っている。 リョーマは近所の公園に、カルピンの散歩に出かけてきた。手塚が本屋に参考書を買いに出ているので、それを待っているのだ。 せっかくこんなに晴れているのに、家の中でゴロゴロしているというのも勿体無いが、参考書を買うのに付き合って手塚と一緒に本屋に行くのは、ちょっと遠慮したいリョーマなのである。何しろ手塚の参考書選びは時間がかかる。その間何かの本を立ち読みしていても良いが、それでもまだ時間が余るほどだ。それほどまでに時間をかけて、何を基準に選んでいるのかリョーマ的にはかなり謎だったりするのだが。 リョーマの腕の中で、カルピンが身じろいだ。 「ほぁら」 「……何カルピン。あれ乗りたいの?」 リョーマの視線の先には、古びた小さなブランコ。ブランコに乗りたがる猫というのもなかなかお目にかかれるものではないが、それをすんなりと受けてしまっているあたり、さすがリョーマ、カルピンのもと飼い主(今は親)。 キシ、と微かな音をたてて、リョーマはブランコに腰を下ろし、カルピンを膝の上で抱きかかえた。腰掛けたまま数歩後退して、その足をスッと放す。 ふわりとブランコが揺れた。 「ほら」 キィ〜。 「ホァラ〜」 「それ」 キィ〜コ。 「ホァラ〜」 「ほい」 キィィ〜。 「ホァラ〜」 …………飽きた。 カルピンの反応を見るのは結構楽しいかもしれないが、いかんせん中学生のリョーマがブランコに乗るのは全然楽しくない。 リョーマはさっさとブランコを降りて、近くにあったベンチに腰掛けた。カルピンも大人しく、そんなリョーマの膝の上に丸くなる。 手塚はまだしばらくは帰ってこないだろう。 暇だ。 「こんにちは」 突然かかった声に、リョーマは正面に立つ若い女性に視線を向けた。 「……ちわっス」 「最近良く見掛けるわね。どちらにいらしたの?」 ニコニコと微笑みながら、今時の若い子が好んで持つような可愛らしいスポーツバッグを持った女性はリョーマの隣に腰掛けた。正面にある砂場では、彼女の娘らしい小さな女の子がひとりで遊んでいる。 「……そこの、手塚さんちに」 戸惑うリョーマだが、ここでシカトを決め込むのも気まずい。他の誰かといる時ならともかく、ここには今自分と彼女しかいない。しかも年上の女性だ。 「ああ、やっぱり! あそこのおじいさん、怖くない?」 「いや、俺には優しいってゆーか、面白いじいちゃんっスけど」 あらあ、と、彼女は意外そうな顔をする。 「その子は?」 何気にカルピンを指されて、リョーマはその巨体をびみょん、と持ち上げた。 「これうちの子。カルピン」 「かわいいわねー。ふわふわ。触ってもいい?」 「どーぞ」 リョーマが差し出すカルピンの身体をふかふか触りながら、彼女は「もこもこー」だの「むくむくー」だのと言って遊ぶ。 「おねーさんは、よくここに来んの」 何気ないリョーマの言葉に、彼女はポーンとその肩を叩く。 「やだわ! おねーさんだなんて!」 どんなに若くとも、子供がいる限りは「○○ちゃんのお母さん」だの「おばさん」だのと呼ばれてしまうのが主婦の哀しい運命だ。 「と、そうそう、ええ、ここには良く来るわ。最近は、これをやりにね」 そう言って側方に置いてあったスポーツバッグを指差す。その口からは二本の編み棒がはみ出していた。 「ああ、編み物」 「そう。こういうのはやらないの?」 「いや俺は……」 編み物なんてできっこないし、今のところやるつもりもない。 「あら、憶えてみるとけっこう色々なもの作れるのよ。えーと……」 「リョーマ」 「そう、リョーマ君? そのカルちゃんにっていうのも良いけど、旦那さまのマフラーとかセーターとか。教えてあげるわよ?」 「いや……」 その素敵な提案になおも首を振ろうとして、リョーマはギョッとなった。 いつの間にやら、リョーマ達は数人の主婦に遠巻きで見守られている。ひとりで遊んでいた女の子の傍にも、すでに他の子供が何人かしゃがみ込んでいた。 ――あの奥さんが、編み物を教えると言ったわ! ざわ、と色めきたった主婦達が、一斉に二人に近寄ってきた。まるでその言葉が合図であったかのように。 どうやら隣にいるこの奥さんが編み物を教える発言をするのは、余程相手を気に入った時のみらしい。そしてそんな彼女は、早い話がこの公園ではボス的存在なのだ。彼女の好きな人は、みんな好き。 ――ちょっと怖い世界だ。 「手塚さんちですって?」 「大きいわよねー、あのおうち!」 きっちり囲まれた。 「編み物苦手なら、こういうやり方もあるのよ」 ある種の恐怖に固まるリョーマに構う事なく、隣の彼女はバッグの中から大きな毛糸玉を取り出した。 「指でね、こうやって編んでいくの。凄く簡単に出来るわよ」 ひょいひょいと指を使って毛糸を絡み付けて行くその様子に、リョーマはうっかりと見入ってしまう。 「自分で編んだものを旦那さまに使ってもらえたら、何だか彼は自分のものなんだなーって感じがするじゃない?」 自分のものなんだなーって。 ……なるほど。 いいかも、しんない。 しっかりそそのかされつつあるリョーマ。思えば、最初に手塚家に遊びに行った時からそうだった。これでリョーマは結構、手塚に関し盲目になりがちなのだ。 「指編みなら私もやるわよ。結構良い感じになるのよね!」 「かわいいわねー、カルピンていうの?」 とうとう編み物を教わりはじめてしまったリョーマの周りではしゃぎまくる女性陣。 しかし奥さん方、自分が話をしているこの新参の新妻の『少年』とその『子供』に、何も違和感を感じないのだろうか。いや、それを言っても始まるまいが。 「越前?」 奥さん方に囲まれているリョーマに、ハスキーな声がかかった。 「あ、部長」 書店の袋を小脇に抱えている手塚である。 リョーマはひょいと立ち上がった。 「迎えが来たから帰るね。編み物、ありがと」 「また遊びに来てね」 カルピンを抱き上げたリョーマに、女性陣は次々と声をかけた。 「ん、部活があるからあんまり来られないけど。また暇が出来たら」 そう言い置いてリョーマが手塚に駆け寄ると、立ち止まって待っていた彼は軽く女性陣に会釈をしてから、リョーマに渡されたカルピンを抱きかかえた。 女性陣は、そんな手塚に見とれる。 「素敵よねえ……手塚さんちの旦那さん」 突っ込んでおくが、彼は立派な中三男子だ。 ともあれ、これがリョーマの公園デビュー、だったりするのである。 「何を話していたんだ?」 帰り道をブラブラと歩きながら、手塚は隣を歩くリョーマを見下ろす。 「ん、手作りと束縛の地道な関係について」 何の事やら。 意味不明な発言と共にニヤリと笑みを見せるリョーマに、それ以上の詮索をやめておいた手塚であったが。 手編みのマフラーを首に巻きつけて登校する手塚を目撃して校内が騒然となるのは、この少し後の話。 そして、その時のあまりに面妖な表情を隠しきれない手塚の有り様は、それからしばらくの間、テニス部での面白おかしい語り種となるのである。 |
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