UP20020611

Darling!!  ― 11 「曲者ってのは、色んなイミで曲者だってコト」




 テニス部部長とルーキーは、今日も仲良く同伴登校(笑)である。
 何気なくやっているせいで、その状況に誰も(一部を除き)気付いていないというよりは、そういう事を気にする人間ほど、感じている疑問を口に出せないだけなのかもしれないが、深い事を考えない人間が、少なくともここにひとりいた。
「おーい、えっちぜーん」
 練習の後、いきなりリョーマは桃城に後ろから抱き付かれた。
「……何スか」
 目前にずり落ちた帽子をクイと持ち上げながら、憮然とした表情のまま振り返りもしないリョーマ。
「なーなー、最近俺達、ぜんっぜん一緒に帰ってねーじゃん」
 羽交い締めにしたままの体勢で、リョーマの顔を覗き込む桃城。悪気がないのはわかっているが、いかんせん力強いその腕は、加減というものを知らないのだ。
 はっきり言って、痛い。
「それは家が……」
「わーかってるよ。引越してっから、遠くなったってんだろ? なあなあ、俺遊びに行ってもいいか?」
「……別に、いっスよ」
 あくまで憮然としたまま、リョーマはボソリと答える。手塚との事がここまで広まってしまっている以上、無駄に隠す必要もないし。それもこれも、不二と菊丸があの時ノコノコと……などという事を今更言っても仕方がないのだが。
 不二と菊丸に手塚との事を知られたあの日、余裕の表情でいたリョーマも、実は尋常ならざる動揺を胸中に抱えていた。この二人にバレたら……。あとはまさに、芋蔓のような気がして。実際誰も口には出さないが、どうも桃城の先刻の発言といい、すでにレギュラー陣で知らない人間はいないらしい。
 いずれこうなるのは、わかっていた事だが。

 今日早速、という約束を交わして、リョーマはその足で手塚の許へと向かった。
「今日、桃先輩が遊びに来るって」
 リョーマのそんな言葉に、手塚は頷く。
「じゃあ俺は本屋で用事を済ませてから帰るから、今日は桃城と一緒に帰っていろ。家には連絡を入れておけよ」
 ウース、と返事をしてから、しかしリョーマは俯いて手塚の袖をそっと指でつまんだ。
「でも、なるべく早く帰ってきてよ」
「?」
「……桃先輩って……部長に隠れて時々強引でさ――怖い。俺、いつまで拒み続けられるかわからないから……」
 ――そうだったんですか!?
 小さな声で呟くリョーマの瞳は、不安そうに揺れている。
「安心しろ。今日は一日、母さんが自宅待機だ」
 そんなリョーマに対し、しかしあくまで無表情の、手塚。
「……」
「……」
「……ぶちょー、少しはノッてよ」
 ケロリと表情を変えたリョーマに、手塚は呆れたように眉をひそめた。
 これも、慣れというものか。
「今度は何ゴッコだ?」
「夫の後輩に言い寄られる美人妻ごっこ」
 ――誰が美人妻だ。イメージじゃないだろう。とは……ややこしくなるので口に出すまでに至らなかった手塚だが。
「桃城が聞いたら泣くぞ」
「むしろノッてくれると思うけど」
「わかったから、大人しく桃城と遊んでいろ。……なるべく早く、帰るから」
 手塚のそんな言葉に、悪ノリしていたリョーマも笑顔で頷くのだった。


「おぉ〜、相変わらず越前の住む家はでっけーなあ」
 先輩の美人妻に言い寄る男(笑)、桃城は、その門構えを見上げながら高らかな声をあげる。しかし訳のわからない感想だ。
「いらっしゃい。桃城君、よね?」
 荘厳たる玄関をくぐれば、リョーマから連絡を受けていた彩菜のお迎えスマイル。
「ハイッ、桃城っス! おじゃましまーす!」
 リョーマや手塚には見られない元気一杯な様に、彩菜は新鮮な気分で再び微笑む。
「お帰りなさいリョーマさん。一階の和室の方でいいのよね?」
「ウス」
 あまり使われる事のない、リョーマの自室である。
「うは〜、今度の家は和室かよ。越前らしいっつーか。何だよこれ、暗くすると光る訳?」
 部屋を見回し、天井に貼り付けられた夜光の星を眺めながら、いちいち感動する桃城。こういう男はたしかにデートなどすれば楽しいタイプかもしれない。

「リョーちゃん、帰ったのかーッ!!?」
 けたたましい足音。
 御都合主義に毎度家にいる、爺さんの登場だ。
「ただいま帰りまシタ」
「んん? 何じゃ、友達か??」
 リョーマの隣に佇む桃城を視界に入れて、ポーンと目を見開く国一。
「あ、どーも。青学テニス部二年、桃城武っス!」
「ふーむ、フンフン。ほおおぉお〜?」
 奇妙な声をあげながら桃城を上から下まで眺めて、国一はひとり勝手に頷いた。
「のうのう、リョーちゃん」
 コソコソと、リョーマの腕を引いて部屋の隅に連れて行く。
「実に好青年風で、体格もいいじゃあないか。こういう男はどうかの、ほれ例えば……『主人のいぬ間に可愛い妻に言い寄る夫の後輩ごっこ』とか、な?」

 ――爺さん、爺さん。

 リョーマは首を振った。
「ああ、ダメダメ。それやってみたけど部長全然ノッてくれなかったっス」
「なんじゃ、相変わらずつまらん男だのー」
 相変わらずつまらない男手塚は、相変わらず陰で好き勝手な事を言われている。
 もっと新しいパターンで行かんと駄目だなーなどと呟きながら、国一はとっとと部屋を出ていってしまった。
 それを、何だかわからないまま笑顔で見送った桃城だが。
 ややあって。

「なあ、越前?」
「何スか」
 あらたまった様子の桃城。
「お前んちのかあちゃん、あんな感じの人だったっけ?」
「は?」
「それとお前、爺ちゃんいたんだっけ」
「え?」
「あ、それともあれか、引越しを機会に、同居する事になったとか?」
「……はい?」
 桃城の言っている意味が、今イチわからないリョーマ。
「あの、桃先輩――」

「越前、桃城、いるのか?」
 リョーマが何かを言いかけた時、帰ってきた手塚がリョーマの部屋に顔を出した。
 その光景に、本気で目を見開いた桃城。
「な、なんでここに部長がいるんスか!?」

「――え?」

 …………………………。
 間。

 恐る恐るといった体で、リョーマが口を開いた。
「あの桃先輩、不二先輩とかから話……」
「は? はなし? おお、だから聞いたぜ? 越前が引っ越したそうだって。けどそれと部長と、何か関係あんのか?」
「――」
 なんだって。
「桃先輩、ここ……部長んちだよ?」
「は?」
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔で桃城が手塚の方に視線を向けると、彼はただ無言で頷く。それでは疑問は逆だ。何故リョーマが手塚の家に帰ってくるのだ。あの母親と祖父は、リョーマのではなく手塚の?
 えええええ!? と、オーバーアクションで数歩退いてしまう桃城。
「………………どーゆーこと?」
「桃先輩、本当に知らないの!?」
「しらねーよ! ていうか何をだよ!」
「……」
 あらためて何を、と訊かれると「自分たちが結婚している事」だとは、なかなかに答えにくいものがあるが、それにしても。
 本当に何も知らないなんて。というか、普通何がしかの違和感を覚えるものなのではないのか、桃城!?
 しかし、絶対にあの二人はこの事をしゃべりまくっていると思っていたのに。というか、アレか……。こうなる事を予測して、あえて肝心な部分は黙っていたという訳か。
 おのれ、にゃんこと魔王め……。
 それにしても、隠そう隠そうとすればそういう時に限って秘密は漏洩するものだが、全然その気のない時は、まったく相手に気付かれないという事か。いや、相手が相手という事なのだろうが。きっと不二達も、その辺の事までしっかりと読んでいたに違いない。
 どうしてくれよう。
 いや、どうしたところで、魔王の反撃はやはり怖い。

「あのね、桃先輩……」
 無言で額を押さえる夫の手を取り。
 とりあえずリョーマは真実の伝達を試みた。
 そしてここに、まさに腹がよじれるかというような、新たな大爆笑が生まれたのであった。


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