UP20020406

Darling!!  ― 9 「新婚旅行ってのは、イチャつくために行くんだけどネ」




 夕食は豪勢な山の幸料理だ。しかしそれに加え、これも豪快な海の幸の船盛りなどもついていたりして、すでに何が何だかわからない。縦に長い島国の内陸というのは、こういうあたりが微妙だ。
 けれど、その見た目や味については誰からも文句が出る事はない。普段から舌の肥えている手塚家の面々ではあるが、全員納得の豪華料理である。
 談笑しつつほとんどの食事を平らげた後で、手塚はリョーマの口数が妙に少なくなっている事に気付いた。
「越前?」
 隣りに座るリョーマに声をかけてみれば、リョーマはいたって真面目な顔で手塚を見つめ返す。冷静なその瞳は、普段から手塚がよく目にしているリョーマのそれだ。
 そう、普段通りなのだ、が。

 唐突に、リョーマはその両腕を手塚の首に回した。
「越前!?」

 うっちゅううぅぅ。

 そのままの勢いで、手塚の口唇に吸い付くリョーマ。
「!!!!!」
 口唇をふさがれている手塚の叫びは、もちろん声にならない。
「おや」
「あら」
「ほお」
「ホァラ」
 外野の、実に率直な反応。
 パニックに陥りかけた手塚が、強引にリョーマを引き剥がす。
「何やってんだ、お前は!?」
「何って、せっかく新婚旅行でしょ。だからいいじゃん」
 きつめの眼差しと、囁くようなものの言い方はまったく普段通りなのだが、何しろ行動が……きわめておかしい。
 リョーマは手塚の膝の上に乗りあがり、その手に頬に口付け、豪快に抱き付いた。そのまま手塚の着衣を脱がしにかかってもおかしくない勢いである。
 家族の目の前で、夫が妻に襲われる。
 なかなか目にできないというか、手塚的にシャレにならない、壮絶な光景だ。
 そんなリョーマを肩口で押え込みながら、手塚はそれでもなんとか冷静さを失わずに、家族に視線を向けた。
 この状態は、どう考えても。
「……誰か、こいつに酒を飲ませましたか」
 全員、フルフルと首を振る。
 この場で酒に手を出しているのは国一と国晴の二人だが、さすがに未成年に酒を飲ませるという不埒な行為には及んでいない。
「……酒蒸し、かしら?」
 ポソリと、彩菜。
「酒蒸し……?」
 確かに、料理の中に酒蒸しもあった。が、既にこの場に出されている段階で、それにアルコール分は含まれていないはず。なのだが。
 手塚に抱き付いていたリョーマは、微かに朱に染まった頬を大きな肩に押し付けたまま、一瞬にして意識を飛ばしてしまった。
 酒蒸し、決定。
 それしかもう、心当たりがない。匂いにでも酔ったのかもしれない。
 手塚の腕の中で既にすやすやと寝息をたてるリョーマを、一同覗き込む。
「リョーマさん、可愛い」
「ジジイにも、抱き付いてくれんかの」
「お父さん、新婚の邪魔しちゃいけませんよ」
 相変わらず、おのおの言いたい放題だ。
「成人するのが、楽しみだわv」
「……母さん……」
 どうやら、飲ませる気満々な彩菜であった。


 手塚の膝を借りてしばらく眠っていたリョーマだが、ふと何事もなかったの様にムクリと起き上がった。
「越前? 起きたのか」
 そのまま物も言わず、ごそごそと荷物をあさり出すリョーマ。
「越前?」
「……風呂」
「またか!?」
「風呂入りに来たんだもん、あたり前でしょ。ホラホラ、部長も」
 手塚を急かして、リョーマは今度は家族用の露天風呂へと向かう。
 こぢんまりとはしているが、石造りの湯船はたっぷりと湯を貯えていて、個人の家の風呂よりははるかに広い。贅沢な作りだ。
「越前、大丈夫なのか?」
「もう酔ってないよ」
 手塚の心配をよそに、けろりとリョーマは言い放つ。もともと、本当の酒に酔った訳ではない。
 ゆったりと湯船に浸かると、リョーマは屈託のない表情で微笑んだ。
「なんか、凄く楽しい。アリガトね、部長」
 この旅行自体、企画も手配も手塚が行なった訳ではない。しかし、そういう事が言いたいのではないのだろう。
 他人よりも表情に出にくいリョーマだったが、この旅行のひとつひとつが、彼にとっては特別なものだ。
「また来ようね」
「……ああ」
 そんなリョーマの頭を、手塚はぐりぐりと掻きまわす。
 そのまま引き寄せて、手塚は軽く、口唇を重ねた。
「部長」
「さっきのお返しだ」
 その言葉にリョーマはまた笑って、先刻と同じように手塚の膝の上に乗ると、広い肩に腕を絡めた。パシャンと、静かに湯が波打つ。
「部長、大好きだからね」
「ああ」
 囁き合いながら、まるで子供の遊びのように二人は口唇を重ね合った。

 小さな物音。
 ふと振り返った先には、見覚えのある白髪があった。
 再び半分だけ顔を覗かせた国一が、ぽろぽろと花をこぼしながら微笑んでいた。
「は、入ってもいいかの?」

 またも沈み込む手塚をよそに、余裕の笑顔のリョーマだけが、肩越しで「ドーゾ」などと、愉快な祖父を手招きしたのだった。


「土産だ」
 ズイ、と差し出された包みを手にして、大石はキョトンと手塚の顔を見つめた。
 『自宅でできるカンタン手作り焼まんじゅうセット』なる、訳のわからないものを土産だと渡され、どんな顔をして良いものやらわからない。
 口止め料、という事だろうか?
 いや、そこまで深読みする事もあるまい。
「わざわざ、悪いな」
 それでも青学テニス部の良心大石副部長は、気まずそうな手塚にニッコリと微笑むのだった。
 部活を休んでどうしていたのかと質問攻めに遭うリョーマに至っては、こちらもニッコリと笑顔で「たまご料理のレパートリーを増やしに」だの「硫黄の中でヒミツ特訓」だのと、実に適当な言い訳をしていたのだったが。




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