UP20020327
Darling!! ― 7 「おおっと、ここで二人目だァ!!」
手塚とリョーマの二人は、テーブルを挟んで大量のパンフレットと格闘していた。 あれやこれやと手を出し、食い入るようにそれらを眺めるリョーマと、それに付き合う手塚。 「有名観光地もいいんだけどさ。やっぱり俺、温泉行きたいんだよね」 新婚旅行といえば、温泉。 かどうかはともかく、無類の風呂好きのリョーマが温泉に行きたがるのは当然の成り行きだったりする訳だ。 「一口に温泉と言っても、色々だぞ」 手塚はすでに、抵抗をやめている。 本気になったら、とても止められる家族ではない。ここまで来て旅行になんて行きたくない、などと口に出したら、どんな制裁を受けるかわかりゃしない。 というか、この時点で手塚もすでに行く気満々だったりするのだが。 手塚国光14歳、素直になれないお年頃なのだ(またかい)。 「やっぱり日本の名湯、草津かな〜」 確かに草津なら、関東圏内で手軽ではある。 「カルピン連れてける所じゃないとね」 「動物同伴で行ける宿は少ないぞ」 「う〜ん」 リョーマの目は、真剣だ。 「やっぱり新婚旅行だからさ、混浴じゃなきゃ意味ないよね。混浴、混浴」 「ハイハイ……」 一緒になってパンフをめくりながら、手塚はふとその手を止めた。 「越前、俺達に『混浴』は……関係あるのか?」 「……」 「……」 「あっ……そっか」 リョーマすでに、奥さんモード超発動。 嫁であるという以前に、自分も手塚も男であるという事を忘れていたらしい。 新婚→夫婦→混浴。見事な三段論法である。 「あ、でもやっぱり混浴がいいや。お義母さんと一緒にお風呂入りたいし」 リョーマの言葉に脱力してしまう手塚。 一応妙齢の中学生男子が、母親と一緒に入浴する気か。 というか、むしろリョーマの年齢的に、ちょいと下心アリでそんな事を口走っているなら、その方がまだ素直に納得できる。 が、この場合、本気で。嫁が義母と、風呂に入りたがっているのである。 これでいいのだろうか……。 というか、自分の母親相手にリョーマに下心を持たれても困るのだが、男としてはどうなんだろう、という思いに駆られてしまったりするのも事実だ。きっと国晴あたりも、暖かな視線で見守ってくれちゃうに違いない。 そしてリョーマがそうしようとする限り、手塚自身も運命共同体で、自分の母親と一緒に入浴しなければならない訳で。これは一体、どうしたものか。 いや、考えても仕方のない事だったりするのだが。 「じゃあ動物同伴できる混浴露天風呂つきの宿……という方向でいいんだな」 「うん」 それで何か面白いイベントか施設があればなお良い、というリョーマの言葉を受けながら、手塚はパンフを洗い直しにかかった。 そして、またピタリと手を止める。 いつの間に『家族旅行』になったんだ……。 すでに「お義母さんと一緒に風呂に入る」というリョーマの野望自体、新婚旅行ではありえない。新婚旅行というものは、その名の通り、新婚さんが一応二人きりで実行すべきモノのはずなのだが。 はい、すべては後の祭りなんですよ、手塚さん。 次の日の昼休み、手塚は隣のクラスの大石を呼び出した。 「次の連休の部活なんだが……」 家族で旅行に行くので参加できないと、手塚は大まかに正直に(笑)話した。 大石は、特に意見もないように頷く。 「でも珍しいな。手塚が個人的な用事で部活を休むなんてさ」 珍しいというか、初めてではないだろうか。 手塚はこれまで、旅行などという理由で部活を休んだ事はない。しかし今回ばかりは行かざるを得ない状況になってしまったというか何というか。 しかし状況をわかっていない大石は、にっこりと笑った。 「わかったよ。手塚は休みなんだな」 「……」 まだ何かを言いあぐねている手塚の様子に、大石はいぶかしそうな視線を向ける。 「なんだ?」 「あ、その……越前も」 「は?」 手塚の呟きに、大石は素っ頓狂な声をあげた。 「あ、と、越前も、その日は……休み、だ……」 「へ、そうなのか? 越前がそう言ってたのか?」 「いや、その」 何と言ったらいいものやら。 「越前も、一緒に……行くんだ」 手塚の一言には、大石は本気で驚いた顔をする。 「家族旅行に、越前も連れて行くのか!?」 違う。本当は手塚とリョーマが、旅行に行くのだ。家族はオマケ。 手塚は泣きそうになった。 「大石くらいには、正直に言っておいた方がいいぞ〜ォ」 突然の声の主は、通りすがりの男テニ顧問である。 今後のためにもな、と言い残して言葉どおり通りすがって行ってしまった竜崎の背中を手塚はすがるように見つめるが、彼女は止まってくれる気配もないまま、すでにはるか彼方である。 「正直に……て、何をだ?」 顧問を視線で追いながら、呟く大石。 竜崎先生〜〜〜〜!! イイ歳した大人が、不必要な波紋を広げて去るなよぉぉぉ!! 声にならない叫びをあげながら伸ばされた手塚の手は、しかしむなしく空を切るだけだった。 大石は、呆然と目を見開いている。 その口なんて、微妙な笑顔の形で半開きだ。 「え、と、手塚?」 「……何だ」 「その、お前相手なんで、ちょっと勝手が掴めないんだが……どこいらからが、冗談なんだ?」 真相を知った反応としては、妥当なラインだろう。 「俺が冗談を言う人間に、見えるか」 哀しいくらいに、見えない。 見えないのだ、が。安易に信じられるほど、話の内容が正常ではない。 「えーと、越前と結婚してて、同居してて、新婚旅行?」 「……」 あらためて並べ立てられると、何気に切ないものがある。 「頼む、大石。他の人間には極力、黙っていてくれ」 本気で懇願する手塚。ちょっと前にはバレても仕方がないなどとリョーマに言っていた彼とは別人のようだが、人間、土壇場に来たらこんなモノだ。 ここまで真面目にすがられると、いっそ哀れというか……そうか、やはり冗談ではないのか。 大石は盛大に溜息をついた。 「安心しろ、手塚。俺の口からは、誰にも言わないよ」 「そうか! ……すまないな」 そんな友の言葉に、明らかに喜色を浮かびあがらせる手塚だが、大石的には時間の問題なんじゃないかと思う。 しかし単に、そんな事を自分の口から誰かに洩らすつもりがさらさら無いだけだ。 ――俺はまだ、世の中の笑い者になりたくない。 心の中だけとはいえ、言いたい放題の大石副部長である。 そうして、珍しくも自分の肩に取り縋って安堵している、哀れで愉快な手塚の頭を、大石はただよしよしと撫で付けていたのであった。 |
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