UP20020319

Darling!!  ― 5 「たまにはこんな幸せもいいじゃない?」




 風呂から上がったリョーマは相変わらず上機嫌だった。
 大好きな銘柄の入浴剤をごっそりと与えられて、御満悦なのだ。一昨日は登別で、昨日は別府の湯だった。そんで今日は白浜。明日は何にしようかな。ああ、すごく幸せだ。

 自分の部屋に戻ると、そのど真ん中で、手塚が腰の高さほどの脚立にまたがっていた。
「部長、何やってんの?」
 ちょうど何かの作業が終わったところらしく、手塚はそこからのっそりと降りてくる。
「まだ慣れない家で寝るのが可哀相だとか言って、祖父さんが買ってきたんだ。ちょっと電気を消してみろ」
 そう言われて、訳もわからないままにリョーマは部屋の中心にぶら下がる紐を引っ張った。
 カチリと音をたてた後で、その空間が暗闇になる。
「……へえ」
 闇に包まれた天井に、大量の星がぼんやりと輝き出した。
 夜光素材を使って作られた、星の形のインテリア。壁や天井に張り付けられるようになっているものだ。
 そこには大小様々な星が、ところせましと散りばめられている。
「凄い事、思い付くなあ」
 その妙なセンスに、リョーマは心底感心した。
「でも俺、ほとんど部長の部屋で寝てるんだけどね」
 クスクスと笑うリョーマに、手塚も苦笑を返した。
「祖父さんも遊びたい盛りなんだろうから、好きにさせるといい。そのうち桃城か菊丸でも泊めてやればいいだろう。奴等なら、こういうものが好きそうだ」
「いいの?」
「何がだ」
「……バラして?」
 再び明かりを点した電灯の下、首を傾げたリョーマの言わんとするところを一瞬掴み兼ねた手塚だが、すぐに思い至って、風呂上がりの濡れた頭にポンと手を置いた。
「いずれは知れる事になるだろう。それは仕方がない。必要以上にひけらかす必要はないが、どうしても隠し通したい事でもない」
 まあイロイロ問題がない訳でもないから、そう軽はずみには公表してはまわれない訳だが。何しろネームバリューだけは強大な二人であるからして。
「そだね」
 それだけ言って、リョーマは手塚にゴロゴロとなすりついた。
 その足許には、昔教材で使った記憶のある星座版。きちんとこれに則って星の飾り付けをしたのであろう手塚が、あまりにもらしくて微笑んでしまう。
 こういう所が、好きなんだよなあ。
 もう、バカップル一直線である。

 その胸元に預けていた頭の上に、コツンと何かを置かれた。
「?」
 そこに手をやると、小さな箱のようなもの。
「なに、これ……」
 思わず口から出てしまった疑問だが、問い質すまでもない。この形、自分で手にした事はないが、何度も見た事のあるビロード地に包まれた小さな小箱は。
「これって」
 思わず手塚を見たリョーマだが、彼の視線は所在なげに逸らされたままで。
 眉間に皺を寄せたその顔が、思いっきり赤面している。
「……うちの母親に言わせると、こういう事はちゃんとしておいた方がいいんだそうだ」
「……部長」
 あまりの事に、うっかりあんぐりと口を開きっぱなしにしてしまうリョーマ。
 だって、これは。
 手にした箱をぱっくりと開いてみれば、シンプルなツートンカラーの、指輪。
「……」
 あくまで無言を決め込んだ手塚に、リョーマは再び飛びついた。
「! ……おい、コラ」
「部長!」
 勢いでその場にドタリと尻と膝をつく二人だが、そんな事は気にしない。
「部長、はめて、はめて!!」
 ズズイ、とその箱を差し出されて、更に赤面する手塚。
「そのくらい、自分でできるだろう!」
「何言ってんの! こういうの、アンタがしなきゃ意味ないでしょ! ここまでこっぱずかしい事平気でやっちゃってんだから、あとそれをはめてくれるくらい、どって事ないでしょーが!」
 夢中で、言いたい放題である。
 よほどリョーマは、この指輪を手塚にはめてもらいたいらしい。
「………………」
「早く早くはーやーく!」
 もの凄い勢いで詰め寄られて、逃げる術もない手塚。仕方なくその箱を受け取ると、リョーマはウソのようにピタリと静かになった。

 小さなそれを箱から引き出し、リョーマの左手をとる。
 そっと薬指に滑らせると、それはピッタリとそこにはまった。
「凄い、ぴったり……」
 左手を目の前にかざして、そのはまり具合に感動するリョーマ。
「こういうところは、さすがだな……」
 この指輪を購入してきたのは、彩菜だ。手練れの母は、リョーマの気付かないうちに彼の指のサイズをきっちりと測っていたらしい。
「部長のもあるの?」
「仕舞ってある」
「ちゃっかりしてるなあ。後でちゃんとはめさせてよ」
 妙な所にこだわる、新妻のリョーマである。
「普段、外に持って歩くなよ。特に学校は厳禁だ」
「わかってるよー」
 釘をさす手塚に笑ってみせるリョーマ。
「……」
「……ナニ?」
 まだ何か言いたそうな手塚に、リョーマは首を傾げる。
「俺達はまだ子供だし、今回のそれは、さすがに母さんが用意してくれたものだ。だがすぐに体も大きくなるし、その内サイズも合わなくなるだろう」
「?」
 それはそうかもしれないが。
「だから……ちゃんと自分で用意できるようになったら、その時のサイズにきちんと合ったものを、俺が買ってやるから」
 リョーマは、真ん丸に目を見開いた。
 感動を通り越して、驚愕に価する。
 彼を尊敬し、崇拝する人間達の間を大股闊歩で突き進むカリスマに、自分は何を言わせたのだろう。
 凄い、凄いよ俺!!
 著者同様、リョーマの頭も錯乱状態だ。
「もう何ナノさ、部長! あんた絶対、俺のモンだからね! ずっとだからね!?」
 手塚の襟首を掴んで、ガクガクと揺さぶるリョーマ。
 ――それはこっちの台詞だ。
 手塚の小さな囁きは、やはりリョーマだけのものだ。
「部長、大好き」
 リョーマの呟きには、しかし手塚はフッと小さな息を洩らした。
「飯が目当てだったんじゃないのか?」
「ちがうよーだ」
 いや、半分はそうだったが。
 今はそんな事、いいっこなしだ。

 コアラのごとくに抱き付くリョーマの頭をその肩口にしっかりと抱え込む手塚の事が、実は和食よりも好きだったりするのだ(おいおい)。
 だから今が、死ぬほど幸せ。きっと未来も幸せだ。

 バカップル街道を順調に驀進して行くふたりの夜は。
 こうしてベッタリと更けて行くのだった。




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