UP20020319

Darling!!  ― 4 「凶器と針は使いようなんです」




 制服に学用品、とりあえずすぐに必要なもの一式。それ以外はいつでも帰って来られる場所だから、焦る事はない。
「こんなものかな……と」
 愛用のバッグとリュックにキュウキュウと荷物を詰め込むリョーマの背後に、ふと誰かの気配。
「リョーマさん」
「菜々子さん?」
 ここへ来て、妙に気恥ずかしそうにもじもじと(何故)ドアの陰から顔を出した菜々子は、おずおずと小さな箱をリョーマに差し出した。彼女が自分で施したのか、控えめでいて美しいラッピングが目に眩しい。
「急なお話で何も用意できなかったんだけど、これ、心ばかりのプレゼント。持っていってね」
 いや、この短時間で何かを用意できたのだから、相当俊敏な反射神経だが。しかしそう考えつつも、懸命な手塚はその事には触れないようにした。
 すでに女性恐怖症に陥りつつある彼である。
「お幸せにねvv」
「……アリガト」
 それだけを呟くリョーマ。
 他に言葉が見つからないというか、多分これといった感想もないのだろう。
 今イチ現実として状況を掴みきれていない手塚もまた、無言のままだった。
「さて、と、そろそろ行こっか。カル、おいで」
 今日から二人の子供となる(マジです)カルピンを、リョーマは抱き上げる。これから見知らぬ家に連れて行かれるという事への抵抗は、彼にはないらしい。

「リョーマさん、たまには遊びに戻ってきてね〜〜」
「お行儀良くするのよ〜〜」
「カルピ〜〜ンッ!!」
 それぞれの送別の言葉を受け、大きな荷物を抱えた二人と一匹は、こうして新しい門出を迎えたのであった。


 手塚家には、ほとんど使われていない和室が一階に一部屋あった。
「ここを使うといいよ」
 元々あまり物が置かれていない部屋だったが、国晴がリョーマのためにそこを空けて準備してくれていた。
 とりあえずは色々と都合もある中学生なのだから、一個部屋を持っていた方がいいだろうという判断から、リョーマにこの部屋をあてがったのだ。確かに勉強も遊びも真っ盛りの彼、時には友達を呼ぶ事だってあるだろう。その辺の気配りにぬかりのない手塚家である。和室というあたりも、見事にリョーマのツボをついている。
 そこに大荷物を次々と広げながら。
「でも部長、せっかく一つ屋根の下にいるのに、一階と二階でそれぞれひとり寝って、なんだか哀しくない?」
 リョーマが呟く。
 別に、もともとひとり寝が寂しいお年頃な訳ではない。せっかく手塚と一緒に住んでいてそれでは、ちょっと寂しいものがあると言いたいのだ。
「別に、ひとりが嫌なら寝る時は俺の部屋に来れば良いだろう。都合がある時にはこっちの部屋を使えばいいんだから」
「あ、そっか」
 うんうんと頷くリョーマ。
「やれやれ、ここにいるとアテられそうだな。邪魔者はさっさと退散するから、あとはふたりで仲良くしなさい」
 悪気のない国晴の言葉と笑顔に、密かに赤面したのは手塚だけであったが。
「じゃあね、リョーマ君」
「アリガトウゴザイマス」
 その場で遊んでいたカルピンを抱き上げながら立ち上がった国晴に、悪びれない様子で手を振ったリョーマは、荷物の中からひとつの箱を取り出した。
「そういえば、菜々子さんが何かくれたんだっけ。部長、開けて?」
 ポイッと、手塚の方へと箱を投げるリョーマ。割れ物だったらどうするのだと手塚は思ったが、投げてしまったものは仕方がない。器用にそれを受け取ると、カタカタと何か硬い音がした。
 無造作にその包装を剥がし、手塚はあまり深い事も考えずに、その片手大であろう中身を右手の上にポトリ、と落とした。

 ブツリ。
 シタシタシタシタ。

「……〜〜〜ッッ!!」
 だァーーーーーッッ!
 己の右手の平から滴り落ちるゴージャスレッドな血。

「あ、なんか手紙がついてる。えーと?

  『急な事で有り合わせの物しかあげられなくて、ごめんなさいね。
   お嫁に行った後でちょっと遅いかもしれないけど、
   どうかこれで頑張って花嫁修業して下さい。
   アブナイから、決して手を刺したりしないように気をつけてね。

   
私より早くお嫁に行くリョーマさんへvv
   菜々子よりvvv』

……だって。ね、部長、中身なんだったの?」

 箱の中身は、剣山だった。
 花を生ける時に使用されるそれは、扱いを誤れば立派な凶器になる、非常に鋭い針の束だ。突き刺さったらかなり本気でイタイそれは、今手塚の掌に刺さっている。
 絶対、ゼェッタイ、こうなることがわかっててやったに違いない。これだから女ってのは、女ってのは……。
 ああ、とりあえず右手で良かった……。
「あれ、ナニ部長、その血」
「……何でもない」
 いまさら誰が、早すぎる嫁入りにヤキモチなんか焼いたって知るもんか。もうコイツは俺がもらったんだからな。こんなにこんなにカワイイんだから、早くに嫁に行くのだって当然なんだからなーッ。
 血を滴らせながら、手塚は見事にキレた。
 畳にペタリと座ったままのリョーマを、後ろからキュウキュウと羽交い締めにする。
「ちょっと部長、何やってんの」
「何でもない。気にしないで片付けを続けろ」
 続けろ、と言われても、これでは身動きが取れない。
 諦めて、手を止めるリョーマ。
 この人って、時々本当に変だ。
 あらためて、ぶっ壊れた手塚はかなり面白い、という事を再確認して、リョーマはそのイチャイチャラブラブモードに身を委ねたのだった。


 そして翌日の職員室。
 夕暮れ時の橙色の光が射し込む机の上に、竜崎スミレは危うく茶を吹き出しかけて、かろうじて持ちこたえた。
「ナニ? 結婚? 別姓? 同居!?」
「はあ」
 がん首そろえて、一応テニス部顧問への報告に参じた、律義な二人。
「なんでまた……いや、この場合理由なんぞ聞いても仕方が……いや、だが」
 混乱するキモチは良くわかる。
「そういう訳で一応、越前の住所はうちになるので……それで、他にはできれば、内密に願いたいと」
「は、あ、さよか……」
 はなむけとか、用意した方が良いのだろうか。いや、悩むべきはそこではないような気がする。しかし、いや……何かの冗談じゃないのだろうか。
 竜崎は、ちょっと前の手塚と同じようにグルグルと思考を巡らせたが、すぐに思い直した。
 そもそも、この二人に限って、冗談でこういう事はしない。
 やるとすれば、絶対に真面目なのだ。
「……わかった」
 何をわかったのかは、自分でもかなり謎だったが。
 あまり深いところまで関わりたくないというのが正直なところだろうか。
「で?」
「はい?」
 ふう、と息をついた竜崎が頬杖をつきながら問いかけるのに、手塚とリョーマは揃って首を傾げた。
「それで結婚宣言までして、未だにお前らは、苗字で呼び合ってんのかい」
 竜崎特有の、片目を心持ち細めたような、どこか皮肉げな表情。
 ああそれは、とリョーマが呟く。

「「別姓ですから」」

 キレイにハモッた明快な返答は、夕闇の職員室に小気味良く響き、再び竜崎を深く沈み込ませたのだった。




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