UP20020319

Darling!!  ― 2 「身近な人の本性なんて、案外知らないモノさ」




「嫁じゃ! 国光の嫁が来たぞォッ!!」
 玄関を開け放った国一の、第一声である。その腕は、ガッチリとリョーマの肩を抱きしめている。
「お祖父さん……」
 手塚の呟きも、すでにむなしく響くだけ。どうやら彼にも、止める事の出来ない人物が存在したらしい。
 パタパタとスリッパの音をたてて、手塚の母、彩菜が顔を出した。
「あらあら、いらっしゃい」
 いついかなる時でも笑顔を絶やさなそうな、実に穏やかな女性である。リョーマはぺこりと頭を下げた。
「どもっス」
「国光のお友達? 騒がしくしちゃってごめんなさいね。着いた早々で立込んでしまうけれど、お昼ご飯の用意が出来ているのよ。それを食べてからゆっくりしていってね」
 嫁じゃ! という国一の激昂もそよ風のように受け流しながら、彩菜は優しい微笑みと共にリョーマを招き入れた。
 笑顔が無敵の母は、もしかしたら手塚家随一の権力者かもしれない。
 ともあれ、とりあえずの防波堤に、手塚は心の底から安堵したのだった。

 ひとつふたつと並べられて行く皿や器と、そこに盛られている手料理をリョーマはぼんやりと眺める。
 ――純、和食。
 和食……だぁ。
「美味しいホッケをいただいたの。越前君は、食べられないものはないかしら?」
 そう言う彩菜を振り仰ぐリョーマの目は、尋常ではなかった。
 なんというか、輝きが。
 白いご飯にホッケの塩焼き、蓮根蒸し。ハヤト瓜は浅漬けになっているし、上品な味付けの煮物は里芋だ。みつばの入った味噌汁は……赤ダシ……。ああ、涙が出てしまう。
「……ないっス」
「そう、良かったわ。沢山食べてね」
「なんだ? 国光の友達か?」
 彩菜の言葉とほぼ被るようなのんびりとした声音の主は、ダイニングに姿を現した手塚の父親、国晴だ。
 しつこく「嫁じゃ!」という国一の声は、やはり聞こえてなさそうに見える。
 ともあれ、休日の昼食時だけに、家族が勢揃いな訳である。
「ドモ」
「へえ。国光の友達にしては、ずいぶんかわいい子だね」
 世にはびこる邪なお姉さん達のフィルターな視界ならともかく、目つきも悪く眼光鋭いリョーマの御尊顔を眺めて、即座に『かわいい』と言えてしまう国晴の神経は、太いのか長いのか、実はゴム製なのか。
 否、単に彼は、自分の息子を見慣れてしまっているだけだ。
 彼と比べれば、大抵の人間はカワイイ。
 何よりリョーマは、人一倍コンパクトであるし。

 リョーマはぼんやりと、手塚家の光景を眺めた。
 これでもかという位の、純和食。
 にこやかで良識ありそうな(←ポイント)父親。
 ぼんやり、と評されているが、実はきっと細かいところまで気がつくのであろう、料理上手な優しい母親。
 そして、かなりおもしろい爺ちゃん。
 トドメのように、庭からはあの竹の筒の「カコーン」という、涼やかな音。ちなみにリョーマは獅子おどしという言葉を知らないらしい。

「…………」
 リョーマの頭の上にも、ポツリとお花。
「いいかも……」
「なに?」
「……嫁」
「越前!?」
 リョーマの呟きを耳にした国一の表情が、これまでの5割増し、喜色に染められた。孫の叫びの方は、まったく耳に入っていない。
「そうか!? そうかそうか、嫁に来るか!!?」
「あらまあまあ、越前君、うちにお嫁に来てくれるの?」
「へえ、そうなのか? 良かったな、国光」
「父さん、母さん!!」
 ――爺さんはともかく、なんで誰もこの事態に疑問を抱かないんだ!!
 手塚、心の叫び。
 しかし、それを口に出したら最後、ここにいるすべての人間を敵にまわす事になる。
 というか、誰にも取り合ってもらえるような雰囲気では、すでになかったが。
「部長、やなの?」
「そ……ッ、それは」
 リョーマの眼差しに、珍しく竦む手塚。

 嫌なはずはないだろう。って、そうじゃなくて!
 嫁って、そもそもそういう発想が、普通は出てこないだろう!?
 シチュエーションとして、おかしくはないのか!!?

「いやだ国光、顔が赤いわ」
「お、貴重な一面だなー」
「テレとるんぢゃ!!」
 この手塚に言いたい放題。さすが家族だ。しかし本当に顔が赤い手塚である。
 ――ちがう。あまりの事に頭に血が昇っているだけだ。
 必死に心の中で弁解を試みる手塚。まあ、自分を騙している、とも言う。手塚国光14歳、照れ屋さんなお年頃なのである。
「あの、母さん」
「お食事の仕方が素敵だわ。おいしそうに食べてくれるのね」
「父さん……」
「うーん、国光の部屋に二人っていうのは、ちょっと狭いかな」
「あ……」
「男子たる者、伴侶を守り、幸せにせねばならんぞ!!」
 ひとりにひとつ、自分の世界。誰一人として、手塚の言葉に耳を貸そうとするものはいない。
「……越前! お前、食い物にでもつられたんじゃないのか!?」
「……そう見えるの?」
 極め付けに、リョーマの眼差し。上目遣いに見上げてくるその瞳は、何とも言えず切なそうだったりする。普段は絶対に、見せないような表情だ。
「……」
「俺の気持ち、知ってるくせに」
「…………」
「部長、俺のコト嫌いなの」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 ……白旗。
 手塚は観念した。

「子供……できませんが、かまいませんか……」

 ようやっとそれだけを呟いた手塚の言葉に、国一は豪快に笑った。
「構わん構わん!! 子供なんぞ、その辺の猫でも拾ってくれば良かろう!! なあ国光!!」
「あ、猫ならうちにカルピンいるよ。ね、部長」
「ああ、それなら丁度良かったな、国光」
「あら、猫のご飯て、何がいいのかしらねえ、国光?」
「………………………………」
 ――人はこうやって、家族になってゆくのだろうか。
 大抵は、違うような気もするが。
 でも、こうなってしまったものは仕方がない。もとより手塚はこの先大人になっても、他の誰とも所帯を持とうなどと考えもしないのだろうから。

 リョーマの方はというと、脱力する手塚を眺めながら、うっとりと瞳を細めていた。

 毎食和食……。
 きっとハンバーグのソースは、しょうゆベースに違いない。
 おろしも付いてるのかな。

 ――そりゃもう思いっきり、食い物につられている彼である。

 ああ、安心してよ。
 アナタの事は、ちゃんとアイしているから、ね♪




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