UP20020319

Darling!!  ― 1 「思い込みが時には役立つ事もあるってお話。」




「ねえ、部長の家っておもしろいの?」
 うきうきと、リョーマはそんな事を聞く。
 今日リョーマは、初めて手塚の家を訪問するのだ。
 なんだかんだと甘くて奇妙なお付き合いが始まってから幾年月(数週間)、初めてのお宅訪問に浮かれるリョーマの歩調は軽い。
「それを聞かれても困る」
 それはそうだ。
 家は所詮、家でしかないのだからして――遊技場の如くおもしろいかと聞かれれば、それはないと言う他はないが。
「家族は? 何人? みんな部長に似てるの?」
 そんな家族は嫌だ。
「厳格な祖父と、のんびりとした父と、ぼんやりとした母がいる」
 どんな家族構成だ。いや、至って普通の家族構成だが、こと手塚の家族という点で、なんだかそれは奇妙なもののように思えてしまうから不思議だ。
「ふうん。厳格なおじいさんかァ。ねェ、俺、部長の家に行った途端に怒鳴りつけられたりしないかな」
「いくらなんでも、それはないだろう」
 確かに他人にも自分にも厳しい祖父ではあるが、客人は客人で、家族ではないのだから――まあ、リョーマの普段の行動と言動を考えると、あながちありえないとも言えないが、リョーマはこれで他人うけする方だから、手塚はあまり心配していない。
 ふ〜ん、とあくまで呑気に構えたリョーマと連れだって歩くうちに、手塚の自宅の門構えが見えてきた。
「あ、でっかい家。さすが部長。……て、ねえ、誰かいるっスよ?」
 なにゆえ『さすが部長』なのかはわからないが、まあそれはともかく。
 手塚がリョーマの指した方向を見ると、確かにそこには、誰かがいた。
 必要以上に荘厳に見える門前で、腕組みをして仁王立ちしているその人は、ウワサの手塚の厳格な祖父、国一その人である。
「お祖父さん?」
 手塚の声に、国一はクワッと振り返った。
「待ちかねたぞ、国光ッ!!」
 その眼光の鋭さは、例えるならトンビか鷹。もとい、鳶か鷹(の方が字面がカッコイイような気がする)。
 待ちかねた、と言われても、なぜ待たれなければならないのかが微妙に謎だが。
「それが、今日連れて来るはずの嫁か!?」
「「嫁ェ!?」」
 珍しくも、手塚とリョーマの二人がキレイにハモッた。性格は似ているこの二人、しかし言葉じりが重なる事は滅多にない。
「お祖父さん、連れてくると言ったのは後輩で」
「問答無用!」
 ここで遮られても。
「嫁って、俺はまだ中学生で、彼は部活動の後輩で男……」
「まだ言うか!!」
 それはこっちの台詞だ。
 立ち尽くしたまま、リョーマはぼんやりと考える。自分は今日、ここに何をしに来たのだったか。遊びに来たのではなかったか。交際宣言しちゃっていいのかな。
 国一は、ギロリと睨み付けるような眼差しをリョーマへと向けた。
「ワシは国光の祖父、手塚国一じゃ! 少年、名を申してみよ!」
 さすがウワサの厳格な手塚の祖父(しつこい)、相手の名を訊ねる時は、先に名乗るべしという礼儀に則っている。いや、この場合何か違うような気はするが。というか、そこにいるのが少年だという認識はあったらしい。ではなぜ。――まあ、細かい事は気にしない。
「ハジメマシテ。越前リョーマっス」
 ペコリと、おざなりながらも頭を下げてみるリョーマ。
「ウム!」
 そして胸を張る国一。やはり謎だ。
 どこいら辺から切り込んで良いものか悩む手塚だったが、そんな彼を尻目に、リョーマが口を開いた。
「部長んちの爺ちゃんて、カッコイっスね」

 間。

 目を皿のように見開いているのは、リョーマ以外の二人。
 国一は、その迫力のありすぎる瞳でリョーマを凝視した。
「カッコイイ?」
「うス」
「ワシが?」
「そうっス」
 …………。
 ぽこん。
 国一の頭上に、小さな花が一輪咲いた。
「わしが、カッコイイとな?」
 くどい。
「カッコイイっス」
 リョーマのトドメの言葉を受けて、国一はズイッとリョーマににじり寄ってその両肩をがっちりと掴んだ。至近距離で見つめられると、かなり怖い。というか、よくリョーマは目を逸らさずいられるものだ。やはり慣れの問題か。
「く、国光と、どっちがカッコイイかの?」
 ――じいさん。
 しかし、リョーマはこともなげに答える。
「あ、それは部長」
「……」

 パパパパパラパラパパパラパ――――――。
 大輪の花が、国一の頭上に咲いてこぼれた。

「……
よいッ!!!

「ハァ!?」
 思わず大声を上げてしまった手塚を、国一はリョーマの肩を掴んだまま豪快に振り返った。
「よい、よいぞっ! 伴侶の家族を持ち上げながらも、主人第一の姿勢を一切崩さぬこの心意気! 手塚家の嫁は、この子に決まりぢゃっ!!!」
「お、祖父さんッ!!」
 おいジジイ! と口から出かけたが、手塚にはまだそれでも、状況判断能力が残されていたらしい。よくぞ耐えた。
 しかし国一の瞳は、すでに一万ボルトの輝き。それはもうキラキラと。小さなリョーマの身体を抱きしめて、ズーリズーリとほお擦りするその姿は、すでに犯罪チックですらあるが。
「愛い愛いッ! 不祥ながらこの爺ぃ、陰からしっかと支えておるぞ! この手塚家で健やかに暮らせよ!!」
 すでに国一の中で、リョーマは手塚家の人間になっている。世にも恐ろしいまとめっぷりというか、素晴らしい思い込みだ。
「……」
 手塚は物も言えず、ただあんぐりと口を開く事しか出来なかった。

 国一にいだかれているリョーマはというと、
「そろそろ家の中に入れてくれるのかなァ」とか、
「やっぱり部長んちっておもしろい」などと、ぼんやりと考えていたのだったが。




next >>






Darling!! TOP