UP20011201

ソラ ノ アオ  ― An epilogue




 時が経てば。

 永遠に変わらないように思えていた想いも、形を変える。
 絶対に来る事はないと思っていた、その瞬間も。
 時として、二人の間に訪れるものだ。

 リョーマはそっと、掴んでいた手塚の手を離した。
 その手が、再び握られる事はない。
 彼もまた、振り向かずに一歩を踏み出す。

 ひとり、片恋に瞳を伏せていた頃は、想いが通じ合う日など、想像もつかなかった。
 そして想いが通じ合った時には。
 別れの時など、絶対に来ないと思っていた。
 絶対。そんな言葉はこの世に存在しないのだと。
 そんな事はすっかり、忘れていたよ――。

 あなたが去っていく後ろ姿を、ただ見つめている自分。
 こんなに渇いていく心を受け流せるほどに、時間は過ぎていたんだね――。



 リョーマは、閉じていた瞼を、ほんの少し開いた。
 ぼんやりと霞んだ空間。
 開いた瞳からスルリと零れ落ちる冷たい感触で、はっきりと覚醒した。

 見つめる事しかできなかった、手塚の後ろ姿。
 その姿だけがしつこく目に焼き付いて、静かに息を紡いでいた筈の唇から漏れる呼吸が、少しずつ荒立っていくのを感じる。
「――……ッ」
 そのどうしようもない焦燥感に、小さく息を詰まらせた。



 うつ伏せたままの背中のあたりに不自然な温かさを感じて、リョーマは寝返りを打った。

 身体に触れるくらいに近い場所に、手塚がいた。
 上体を起こしたまま、壁にもたれるようにして小さな本を読んでいたらしい手塚は、ページを繰る手を止めて、こちらを見ている。
「どうした」
 照明をおさえた部屋の中に響く、ハスキーな声。
 その声で、リョーマの中に現実の空間が浸透してきた。
「脅かさないでよ……。ちゃんと、いるじゃん……」

 ゆめ。
 そうだ。夢だ。
 なんて質の悪い、夢――。

「何を泣いている」
 手塚は、グイとその手の甲でリョーマの顔を拭った。その感触に、リョーマはため息を洩らす。本当に本気で、安堵のため息だ。
「すっごくいやな夢。あんた、俺の傍からいなくなっちゃうんだよ」
 現実の手塚がそうした訳ではないのに、リョーマは手塚を責めるように上目遣いで睨み付けた。
「俺はここにいるだろう」
「うん」
 リョーマはごしごしと、パジャマの袖で瞳を擦る。
「手に入れたらすべて安心なんて、嘘だよね。その後の方が、ずっと不安だ」
 この手のうちから、いつか抜け出してしまうのではないかと。
 贅沢かもしれないが、人を好きになるなんて、そんなものだ。
「お前はいつからそんな後ろ向きになったんだ?」
 からかうように、手塚はリョーマの前髪をいじる。
「しょーがないでしょうが。好きなんだもん」
 どこかで言ったような台詞。
「部長、読書なんてやめ。もう寝ようよ」
 リョーマは手塚の手から、強引に本を奪う。
 手塚はやれやれといった体で、かけていた眼鏡を外した。そのまま灯りを落として、静かに仰向けに横たわる。そうしてトン、とリョーマのこめかみを右手で軽く小突くと、それを合図にしたように、リョーマは寝返りを打って手塚の上へと圧し掛かってきた。
 そのまま、その胸に頭を預ける。
 狭いベッドは二人並んで眠るには少々きついが、重なる分には何も問題はないのだ。
「こうしてれば、悪い夢なんか見ないんだよ」
 負け惜しみなのか照れ隠しなのか、リョーマはやや拗ねた口調でそれだけを言う。
 あんな夢、見たくて見た訳ではない、と言いたげに。

 リョーマを突き放したあの時の自分が、リョーマにそうさせているのだという事を、手塚は知っている。
 ついてまわる不安は、自分でもどうしようもないのだろう。
 そんなリョーマにしてやれる事は、ひとつだ。
「言っておくが、俺はお前と離れる気はないぞ。絶対だ」
 静かに呟く手塚。それは、小さな贈り物のようで。
「Sure, My darling. ……ありがと」
 リョーマは再び瞳を閉じた。

 夢の中ではハッキリと思った、有り得ない筈の絶対という言葉。
 けれど、彼の言う絶対なら、信じる事ができる。
 だってあんたは、神様よりも大切な人だからね――。


 安らかな眠りに落ちながら、リョーマは思う。
 明日晴れたら。
 教えてあげよう。
 あなたの色は、空の青なんだと。
 どこにいても必ずそこにあって、どこにいても自分を包み込んでいる。

 そんな空の、青色なんだって――ね。





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●あとがき●
大変お疲れ様でした〜〜。これにて完結にございます。一応ちゃんと、それなりのハッピーENDですよ! 最後まで手塚がヒドイ人でしたが、まあ普通はあんなもんだと思うので許してやって下さい(酷いのはお前だ)。そして、やはり最終的にはメロウ〜(笑)。後半に行くほどリョーマがみみっちいですね。こんな筈では……いや、それも言い訳か。もうホントに色々と、ゴメンナサイです(苦)。ところで「darling」って……某糸井師匠の影響丸出し(笑)。



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