UP20011022
青学メモリアル:5 結成デバガメ隊! 2
渡されたマップで見る限り、会場は結構な広さであるらしい。屋内の割には乗り物を使った大掛かりなアトラクションもあったりして、やはり人気はその辺に集中している。 リョーマはため息をついた。 「乗り物系は、今日は無理かなあ」 さすがのリョーマも、ギュウギュウの人ごみの中で何時間も並んで待つのは避けたいらしい。そんなリョーマの言葉に、手塚は内心安堵する。 「また今度な」 それでもなだめるように囁かれた手塚の何気ない言葉に、リョーマは目を丸くして彼を凝視してしまった。そしてその瞳は、すぐに喜色に細められる。 「うん、また今度……ネ」 これで『次回』もOK。断らせないもんね。 そんな人の悪い事を考えながら、リョーマはふと側方の小さなイベントに目を向けた。屋内であるだけに、ひとつひとつのアトラクションは案外隣接しているのだ。 「部長、あれ、何?」 「ああ……」 トリックタウンという名前の示す通り、アトラクションのひとつひとつはそれぞれにトリックがかったものだった。錯覚を利用した迷路や、3Dを駆使したイリュージョンルームなどというものもある。 そんな中でも比較的地味なブース。そこに並べられたいくつかの丸テーブルで、数人の係員が見守る中、何組かのカップルや親子が銀色の針金のようなものをいじりまわしていた。 「これはパズルリング、知恵の輪だな」 手塚はテーブルに近付くと、様々な形をした銀色のリングのひとつを手にした。 「へー、俺、現物って初めて見た」 それをしげしげと眺めるリョーマ。 手塚の方は、昔一度だけ与えられた事があったが、そういえば最近では見なくなっていたような気がする。普通にいじっただけでは外す事のできない複数のリングは、ちょっとやり方を変えれば簡単に外す事ができる。至極簡単な子供向けのものから、究極に難しいプロフェッショナル仕様のものまであって、実際は広い層に対応している知恵比べだ。 「やってみるか?」 手塚の言葉にリョーマが頷き、ふたりはそれぞれにテーブルの上のリングを手に取った。どうやらそれは、誰でも勝手に遊んでいいものらしい。盗難やトラブルを防ぐために、係員が見守っているという訳だ。 カシャン。 一瞬にしてに外れたそれを、二人はお互いに見せ合う。 係員の目が、点になっていた。 「……」 「俺達、つまらない客っスね……」 「……そうだな」 習慣上、二人とも視点や考え方の転換には慣れているのだ。ただ単に、今回は偶然簡単なものを手に取ってしまっただけの話かもしれないが。 苦笑しつつその場を離れる二人だが。オープン記念で渡された景品の知恵の輪に、それでもリョーマは御満悦の様子だ。手塚が受け取った分も手渡されて、満面の笑み。 ……なるべく難しそうなのを、と必死になって探していたスタッフの努力は涙ぐましいものだったが。 そんな二人の後方では、本来の目的も忘れて知恵の輪に飛びつく菊丸を引き剥がそうと、不二と乾が難儀していた。 「部長、あれやりたい!」 唐突にリョーマは、オーソドックスにクレーンゲームが並べられているスペースに駆け寄った。一瞬プリクラの件が脳裏をよぎってひやりとした手塚だが、どうやら今回は違うようだ。 「なんだ?」 リョーマがはり付いた円柱形の機械を見れば、透明なガラスケースの中には溢れんばかりの棒付きキャンディ。 「ルーレットで出た数だけアメが出てくるんだって」 うきうきと手塚を振り返るリョーマ。 その機械は、お金を入れるとデジタルのルーレットがまわって、ボタンを押してそれが止まった時に出た数字の数だけキャンディが運ばれてくるという仕組みらしい。どの味のものが出てくるかわからないというあたりも、冒険心をそそるのだろうか。 リョーマがこういう遊びが好きなのか、単に甘いものが好きなのか判断しかねるところだが。 まあいい、と、手塚はその機械に100円玉を投入した。 「一回だけだぞ」 そんな言葉をきいているのかいないのか、リョーマは真剣な眼差しで、移り変わるデジタル数字を見つめる。2から5に設定されているその数字の、5を狙っているのだろうか。 どんなに目押しをしても、所詮は確率の問題なんだろうにと、そんなリョーマを眺める手塚だったが。 えい、とリョーマが赤いボタンを押し。 派手な電子音を鳴らして出た数字は――5。 「見て見て部長、5! 5個出てくるんだよ!」 表示された最大数を見て、自分を振り返ってはしゃぎまくるリョーマに手塚は苦笑してしまう。わかったわかったとなだめながら、次々と取り出し口に落とされるキャンディを取り出す。 すでに、兄弟というよりは父子といった風情だ。 「コーラにサイダーにチェリー、マスカット……プリン? えらくバラエティーに富んでるな」 おそらくはわずかな確率であろう5という数字を当てるのも凄いが、その全てが違う味であるというのも、またそうそうはないような気がする。こんなところまで、リョーマは強運に見初められているという事だろうか。 「で、どれだ?」 「プリン。部長にはサイダーあげる」 いらんと言う暇もなくそれを押し付けられて、仕方なく手塚は残りの3つをリョーマの背負うリュックのポケットにしまい込んだ。 そのままリョーマの手を引いて、休憩所のベンチに座らせてからキャンディの包装を破って手渡すと、リョーマは嬉しそうにそれを口に入れる。やれやれ、と、手塚はそんなリョーマを立ったまま眺めていた。 「今ここで食べるのか、と訊く事すらしないあたりが手塚だなあ」 しみじみと感嘆する乾。 「うーん、こんなに近付いてだいじょーぶかにゃ?」 一応は物陰に身を隠しつつ、菊丸が手塚達を覗き込む。 「ダイジョウブだって、この人ごみだからね。英二、見てごらん」 不二が、愉快そうに手塚を指差す。 確かに、指差された手塚はしっかりと、他のものには目もくれずにリョーマただひとりを見つめていた。 「な〜るほどー。人ごみだからなあ」 なにも、いつどんな時もリョーマを見つめていたいなどと手塚が考えている訳ではない。ただ単に、一瞬でも目を離してしまったら簡単にどこかへ行ってしまいそうなだけだ。 しかし。 それにしてもだ。 その後、どのアトラクションに目を向けている時でも、手塚とリョーマはべったりと引っ付いたまま、決して離れようとはしない。 一方的にリョーマが手塚にしがみついているだけだが、これだけの長時間他人にはり付かれたままそれを振りほどこうとしない手塚というのも、滅多にお目にかかれるものではない。 「……ラブラブだね」 「ラブラブだな」 「くっそ〜、写真撮りたい……」 「残念だが、場内での写真撮影は禁止されてるな」 呟きながら、乾は目の前の光景を脳裏に焼き付ける事に集中する。さすがにこの場でメモを取るのは難しい。というか、物陰に隠れてそんな事をしていたらただのアヤシイお兄さんたちだ。つまみ出されては元も子もない。 「それにしても離れないよな〜。手塚の奴、むっつりスケベ?」 「そうかもね……と、ちょっと待って」 不二は咄嗟に、菊丸の頭を押え込んだ。 「ヤバ……越前君、こっちに来るよ!」 「ええッ」 何事かを囁いた後、リョーマは手塚の傍を離れてひとりで不二達の方へと向かってきた。 「ちょっと、逃げるよ」 「て、どこに!?」 「知らないよ、でもここにいたらバレる!」 とりあえずその場を離れて後退を始めた三人だが、リョーマは迷わずこちらへと向かって前進してくる。 「な、なんで!?」 隠れ逃げているうちに、どんどん人の少ない方へと追われる三人。とうとう、さほど広くない通路へと追いつめられてしまった。いかにも袋小路へとはめられそうな気配。 「この先って、何かあったっけ!?」 「え、と、ト、トイレ……」 「越前君、まさかトイレに来るつもり!?」 もう身を隠せるような場所はない。 結局突き当たりに備えられていたトイレに逃げ込むしかなくなってしまったが、それこそ本当のどん詰まりだ。 哀れにも洗面台の前で固まった三人の後を追うように、リョーマがそこに現われてしまった。 「……」 「……」 「……連れションすか。良い趣味っスね」 目の据わったリョーマに、菊丸がヒラヒラと手を振ってみる。 「あ、はは……偶然だねェ、おチビ……」 「うーん、先輩たちが逃げたりしなければ、そうとも思えたんスけどねえ」 バレバレである。 「い、いつから気付いてたの?」 「結構前から」 意地悪く唇の端を上げて笑うリョーマに、不二は菊丸の頭を小突く。 「ほらぁ、英二が必要以上にはしゃぐから!」 「何だよ、不二だってダイジョウブだって言ってたじゃん!」 「二人とも、そんな場合じゃないって」 乾の言葉に、不二と菊丸もごくりと唾を飲み込んでリョーマを見つめる。 「あの、この事、手塚は……?」 そこが重要事項である。 「さあ? 俺にはそういう事は言ってなかったけど?」 他人事のようにただニヤニヤと笑いながら答えるリョーマ。 微妙なところだ。 手塚の事だから、不二達が覗いている事を知りつつ、その事をリョーマに言わない訳もないような気がする。が、実際のところはどうなのだろう。 考えてみれば、手塚の視界に入らないようにという事ばかりに気を取られていて、リョーマの方をあまり気に掛けていなかった。鋭さの点において手塚に負けないこの後輩の事をなめてかかっていたのが敗因か。 しかし、そのリョーマがニカッと笑う。 「ま、いいや。先輩たちが何してても俺には関係ないし。俺はデートに忙しいから、ここで会った事も忘れちゃうかも。見てるのは勝手だけど見世物になる趣味はないんで、この先いつも通りに振舞いますからね」 しゃあしゃあと言い放つリョーマにうんうんと頷きながら、密かにガッツポーズの三人。 それが見たいのだ。 「んじゃ、そーいうことで」 それだけ言って、リョーマはまるで何事もなかったかのように洗面所からトイレの中へと姿を消してしまった。 いそいそとその場を離れる三人。 なんにせよ、手塚の前に引きずり出される事がなくて本当に良かった。もっとも、リョーマにしてみれば、そんな事をしてこの場の雰囲気をぶち壊しにする気などさらさらない、という事なのだろうが。 「越前君てば、余裕〜」 「ていうか、実は見せ付けたいだけだったりして」 「いや、あれで本当に俺達と会った事も忘れ去るのかもしれないぞ」 それぞれに好き勝手な事を言い合いつつ、今度こそ見つからないポジションを探す懲りない面々。どんな形であれ、了解は取ってあるから(?)良いのだ。 試合は続行である。 夕方になって『リトル・トリックタウン』を後にした手塚とリョーマは、最近できたという広場の遊歩道をブラブラと歩いていた。 「部長、あのね」 「なんだ」 「ゴメンナサイ」 「……あぁ?」 リョーマは、手塚の一歩前に出ると、彼に向かってちょこんと首を傾げた。 「部長がああいうの好きじゃないの、知ってて無理に誘った事」 また随分と殊勝な事を。 というか、自覚はしていたんだな。 またこちらも失礼な事を考えながらも、手塚はパフンとリョーマの頭に手を乗せる。 「たまには、いい」 そんな手塚に、リョーマは伏せ目がちになって笑う。 「でも、楽しかった。すっごく。ありがと」 「俺も楽しかったよ」 さらりと、そんな言葉が手塚の口をついて出た。 嘘ではない。 リョーマと一緒だから楽しかった。こういうのを『特別』と言うのだろうと、手塚は思う。 「そう言うと思った」 「こら」 コロリと態度を変えて。勝ったとでも言うように笑うリョーマの頭に乗せたままの手をぐりぐりと動かして、手塚はリョーマの頭を掻きまわした。 いつからだったか、戸惑うような、いぶかしむような不可思議な眼差しで己を見つめてくるようになったリョーマ。それから少しの時間をおいて、彼はこんな風に年相応な態度を見せるようになった。ともすれば不器用な反応しか返せない自分を、上手く誘導するかのように。 「本当はね。どこでも良かったんだ。ただ部長と遊びたくて、でも俺、部長の好きな事とかわからないし、どうしていいのか見当もつかないし。こんな機会でもなければ、どこに誘って良いのかも……」 「わかってる」 そんなリョーマの気持ちには、とうに気付いていた。 そしてそれが、嬉しかった。 いつも、リョーマの方にばかりこんな努力をさせてしまう。想いの強さで負けているつもりはないのに、いつでもリョーマばかりが一生懸命だ。 本当は、そんな風に立ち回ってばかりいるのは悔しいだろうに。それでも、リョーマは手塚との絆を求めて動くのだ。そうでもしなければ、一向に進展の見られない二人だから。 「越前。わかってるだろうな?」 突然の言葉に、リョーマは手塚を見上げる。 「部長?」 「確かに俺は、ああいう場所は苦手だ。だが、お前が言うから一緒に行った」 リョーマはみなまで言わせず、手塚の身体に腕を回した。 「うん。わかってる。部長は俺の事が好き。だから、楽しかったでしょ?」 「ああ」 ハッキリと頷いた手塚が嬉しくて、リョーマは回した腕に力を込めて彼を抱きしめた。 そんなリョーマの肩に、手塚も静かに腕を回す。 そしてそっと、口唇を重ねた。 すぐに離れたそれに、リョーマはクスリと笑みをもらす。 「もいっかい」 甘えるように背伸びをして、高い場所にある手塚の肩に腕を絡めた。 リョーマに答えるように、その身体を抱きしめて。 手塚は、リョーマの耳元で囁いた。 「いっそ全部、俺のものになるか? その身体ごと、全部」 「部長……ッ!」 カッと頬を染めたリョーマが睨み付けるのに、手塚は「今度な」と意地悪く囁いて。 今度はゆっくりと、そして先程よりも深く、唇を合わせるのだった。 「……ご覧になりまして?」 「しかと見ましてよ、奥様」 「公衆の面前で、臆面もなくまあ」 植え込みに身をかがませながら、額を寄せ合いひそひそと囁くデバガメ様御一行。しかしその表情は、嬉々としている。 公衆の面前とはいっても、夕闇に染まるそこにいる人々はそれぞれに自分たちの世界に浸っていて、他の事には目もくれていない。数もまばらだ。それをわかっている上での行為なのだろうが、それにしても良い度胸なのは事実だ。 「越前君なんて、ボク達が覗いてるの知ってるんだろうに……大したモンだね」 話している内容こそ聞き取れなかったが、二人の行動だけは一部始終覗いていた三人。 「信じられないイチャっぷり〜。……それにしてもどーして青学のモテモテ君ふたりが、よりにもよってくっついちゃうかな〜」 今更な事を愚痴る菊丸。 「それが順当な運命ってモンなんじゃないのか? で、どうよ。今日の御感想は?」 乾の言葉に、それぞれが考えを巡らす。 アテられた。そんな感じだろうか。 いや、少し違うような気もする。 「「「いいモン見たな〜〜……ってカンジ?」」」 見事にハモるこの三人を治せる医者は、すでにこの世に存在しない。 またやりたいな〜、などとにこやかに囁き合う三人の頭の上には、いくつものお花が見事に咲き誇っていた。 翌日、三人は放課後の校庭をグルグルと周回していた。 「なぁんで、グラウンド30周……」 「手塚に、バレてたからだろ」 ぼやく不二に、ツッコむ乾。 「信じらんない。越前君、手塚に言っちゃった訳!?」 「人聞きの悪い事言わないで下さい。俺は何も言ってないっスよ。部長、とっくに知ってたんじゃないスか?」 不二の疑惑に、リョーマは憤慨して反論する。 「つまりが? 手塚も覗かれてるの知ってて平気で見せ付けた訳ね。やっぱりむっつりスケベだにゃ〜」 苦虫を噛み潰したような表情で微妙に笑う菊丸。手塚がとんでもない男だと、再認識した気分だ。 「てゆーか越前君、何で君まで走ってんの」 正確には、校庭を走らされているのはデバガメ組三人、プラスリョーマの計四人だ。 「寝坊して、朝練遅刻したから」 憮然として呟くリョーマ。 「部長が悪いんじゃないか……眠れなくなるような事言うから……」 「なになに!? おチビ、手塚にナニ言われたの!?」 息を切らせながらも興味津々で食って掛かってくる菊丸に、リョーマはベーっと舌を出す。 「ヒミツです」 「なんだよー!」 「そこ、真面目に走れ!」 校庭の隅から掛けられる、手塚の怒号。 走らされている全員の目が、ギッと手塚を睨み付けた。 「手塚のエッチ!!」 「手塚のエロ男!!」 「手塚のムッツリ!!」 「部長のスケベーッ!!!」 異口同音で叫ばれて。 「……全員、10周追加!」 ハッキリと赤面した手塚の更なる怒声が、校庭中に響き渡ったのだった。 |
●あとがき● キャンディの機械の事が書きたかっただけなのに、随分長いお話になってしまいました。デートの覗きはいつかやらせてみたかったので満足しておりますが(笑)。しかし今回の主題はデートなのか? それともデバガメなのか? 氷村、要修行ですなあ……。 |