UP20020904

Let's go 肝だめし!





 季節は夏。

 夏と言えば、学生にとってのおなじみの風物詩は部活動合宿、そして合宿とくればメインは夜の夜中の肝試しであろう。
 いささか強引な運びである事は、この際目を瞑る事として。
「という訳で、今日の夜は肝試しだからね〜」
 各教室を覗きながら、不二が嬉しそうに告知をしてまわる。
 すでに寝具の準備を終えていた部員達は「きたか」といったような微妙な表情を見せた。
 人数の多い青学男テニの合宿は、レギュラー陣以外は参加自由というかなりアバウトな代物であったが、己の力の向上を望むものは多く、当然参加人数も多い。というかほとんどか。その人数で校内に寝泊まりするために、寝所には教室の使用許可を取っていた。広さで言うなら体育館という手もあるかもしれないが、それではなお収拾がつかなくなる。

 まあ、その事はとりあえず置いておく。

 ともかく、練習もさる事ながら部員同士の親睦を深めるというウソ臭い大義名分も漂うこの合宿の、本日のメインイベントは肝試しなのである。
 今回のこの肝試し、一風変わっている。
 肝試しの仕掛け人は本年度のレギュラー経験者、そして参加者はそれ以外の部員、という構成を取っているのである。
 いわく、この肝試しはおもにレギュラー陣以外の部員の、メンタル面のレベルアップが目的なのだ。レギュラー陣が様々な仕掛けを施して参加者を迎え、参加者はレギュラー陣に負けない気迫をここで身につける、という訳である。
 体の良い、お遊びの言い訳にしか聞こえないかもしれないが。
 普通の肝試しのように、単に仕掛けで参加者を驚かすのではない。
 それぞれの仕掛けをクリアした人間には、次のランキング戦での特別優待が待っているという奇抜なおまけ付きであったりするのだ。

「という訳で今回は〜、特別に実施会場として越前君の家の裏のお寺を借りる事が出来たから、楽しみにしててね〜〜」
「寺ーッ!?」
 ことさらに優しげな微笑みの不二に対して、宣告を受けた部員の顔は青ざめる。
 今年のこのレギュラー陣に加えて、会場が寺。何やらいやな想像が広がってしまうのも無理はない。
「そろそろ会場に向かうからね。全員駆け足で会場に向かう事! 上位二十名までが肝試しへの参加権を手にし、残った部員はそのまま顧問と共に学校までトンボ帰り、特別強化メニューをワンセットやってもらうからね」
 うげえ、と表情を崩す面々。
 すでに学校を出るところから肝試しの始まりなのである。

 他の部員に先駆けて学校を出たレギュラー陣に続き、それ以外の全員が一斉に校門からスタートを切って、今年の肝試しは始まったのだった。




 馴染みのありすぎる寺の入口で部員達を待ちながら、やれやれ、とリョーマは溜息をつく。
「なァ〜にシケた面してんだよ?」
「別に……」
 グシャグシャとその頭を掻きまわす桃城に対し、憮然とした表情を返すリョーマ。
 こういう企画が特に好きではないリョーマ的には、その仕掛け人にまわらなければならないという事実が少しばかり鬱陶しかったりするのだ。なにしろ、今日になっていきなり「肝試しのネタを考えるように」との達しを受けたのである。何をやれば良いかなんて、実は決めていない。
「英二先輩は、何やるんスか?」
 そんなリョーマをシカトして、うきうきと振り返る桃城は、本当に楽しそうだ。
 菊丸が、桃城に向かってイタズラっぽい猫目を見せた。
「へへ〜、俺はァ、菊丸特製ヒトダマアクション! 菊ちゃんの操る蛍光ボールを捕まえる事が出来たら、次回ランキング戦一回戦不戦勝だにゃ♪」
 ブラリと、1メートルほどの棒の先に紐でつるした蛍光テニスボールを見せる菊丸。アクロバティックな彼の動きについて行くのは、至難の技だろう。
「なあるほど〜」
 それぞれが、そこそこ趣向を凝らしているようだ。
 半分目の据わっているリョーマと、その隣に陣取っている手塚はというと、腕組みをしたまま無言で立ち尽くしているだけだったのだが。
 こういうところで、本当に似た者同士の二人である。
「そろそろ皆到着する頃だね。スタンバイしよう」
 こういう場面で仕切るのが得意なのは、部長である手塚よりも副部長である大石よりも、やはり不二周助なのであった。




 この肝試しは、原則ひとりで徘徊するという決まりがある。
 連れもなく、恐る恐るビクビクと歩を進める部員の足取りは、決して軽くはない。暗闇の寺の境内というのは、それだけで充分迫力があるのだ。それに加えて、一体どんな仕掛けが施されているやらわかったものではない。
 そんな彼の視線の先に、ぼんやりと紅い光が見えた。
「ようこそ〜〜〜」
 ギャッと声をたててしまう彼。
 突然の囁きと共に微かなライトで照らし出されたのは、恐れ多くも羆落としの不二先輩の御尊顔である。
「不二先輩の激うまキッチンだよ〜」
 わざわざ震える声でそう告げた不二の目の前に鎮座しているのは、何かが煮え立つ大きな土鍋である。赤く見えたのは、電熱コンロの微かな光だ。
「この鍋の中から、ひとつ取って口に入れてね。いくつかの食材の中には当たりの紙が入ってるから、口に入れたものを全部食べた上でその紙を提示できれば、ランキング戦二試合免除だよ」
 どれに当たりが入っているかはわからない。
 要は『運も実力の内』を地で行く闇鍋だ。食材は勿論秘密である。
「この中……っスか」
「そう♪」
 先程から何やら妖しい匂いのたち込めているこの鍋の中には、渡された箸を突っ込む事すら躊躇してしまう。不二本人が「激うま」などと言うあたり、おそらくろくな味覚のものではないだろう。
 しかし、ランキング戦二試合免除。これはでかい。
 勇気を振り絞って、彼は土鍋に箸を差し入れた。ぐるりと巡らせると、酸味の利いた匂いが鼻を突く。
 これは多分、こってりきっぱりキムチ味……。というか、いささか目に染みるような刺激すらある。キムチと言うよりは、唐辛子か。
 どうしよう……。
 たっぷりと悩んだ後で。ええい、奮い立て、俺! と言わんばかりに、彼はひとつ取った『何か』を口に放り込んだ。
 考える時間を自分に与えずに、そのまま何度か噛み締める。

 か。

 辛。

 辛――――――――ッッ!!!

 口に入れた時にいっぱいに広がったのは、予想通りに唐辛子の辛さ。口の中に火が点いたかと思うほどの激カラぶりに身体が驚く間もなく、急いで噛み砕いたモノの正体は。
 天然本ワサビの茎の天ぷら――であった。
 口の中の灼熱の後に、鼻を突きぬける緑の刺激。
 辛い! というか痛い!
 ご丁寧に衣で包んであるから、ワサビの辛さがまったく抜けてない!

 口と鼻を押さえてのた打ち回る彼は、ぼたぼたと涙を流しながら悶え狂う。いっそ吐き出してしまいたいが、この先輩の前でそれをやるのは、これを飲み込む事の何十倍もの勇気を必要とする。
 飲み込め、飲み込むんだ! とにかく口を通過させろ! その後胃が壊れるかもしれないが、そんな事はとにかく今はどうでもイイ!
 あまりの物体に喉が拒否反応を示しているのにも構わずに、何とかそれを飲み下した。ゼイゼイと息を切らせるが。呼吸するだけで顔全体が痛いってば。
 鬼のような男、不二周助。
 しかし彼自身はこれを美味だと思っているのだから、悪気はカケラもない。はず。
「の、のみ……」
 言葉も、もはや発せない。辛さ、依然続行中。
「え? ワサビだった? 飲んじゃったの? あれれ、それは残念だったねぇ。その中に当たりが入ってたはずなんだけど」
「――――」

 ずど――――ん。
 彼はモノも言わずに屍になった。
 こんな意味でも、これは肝試しなのである。




 さて、その頃の手塚はというと。
 彼はひとり、誰もいない暗闇で、やはり腕を組んで突っ立っていた。
「部長?」
 背後からかけられた小さな声に振り向けば。そこには勿論、ルーキー越前の姿。
「越前? こんなところで何をやっているんだ。持ち場はどうした」
「部長こそ。ちゃんとネタ披露してます?」
 相変わらずお堅い手塚のツッコミに、リョーマは微妙な笑顔でツッコミ返す。
「俺は……結局何も思い付かなかったから、ここでただ立っていたんだが……何故か皆、一目散に走り去る」
 手塚国光が暗闇の境内で仁王立ちしていたら、そりゃあ誰だって逃げ出す。
「俺だって何にも思いつかないっスよ。まったく何考えてるんだか」
 ぼやくリョーマに、手塚は苦笑するしかない。
 手塚は肝試しは初めてではなかったが、今回のようなケースは初めてだ。発案者は勿論不二である。百歩譲って部員の技術向上にならない訳ではないかもしれないが、自分はそれに貢献は出来なさそうだ。
「せっかく公然と一晩中部長といっしょにいられるってのに、皆一緒だし」
「無茶言うな」
 これは一応合宿だ。一緒にいるのが目的なのではない。
「知ってるけど、せっかくの数少ないチャンスなのに」
 何のチャンスだ。
 もっとも、休日ですら練習の多い青学テニス部であるから、確かに二人でいる時間は少なくもある。少々舞い上がってしまうのは仕方のない事なのかもしれない。そういう事が顔には出にくいルーキーではあるが。
「我慢しろ」
 ポスンと、手塚はその頭に掌を乗せる。
 牽制するような発言をしておきながら、すっかり肝試しを無視して二人っきりモードに突入しつつある彼らである。




 根性と執念でなんとか先着二十人の中に潜り込んだ堀尾は、びくびくとした足取りでルートを進んでいた。
「なんで越前ちは寺なんだよぉ〜〜」
 こんな企画を立てた不二と、罪はまったくないが寺を所有しているリョーマを今更ながらに恨んでしまう堀尾。

 突然、薄ぼんやりとした灯りが目前に発生した。
「ぎゃあッ!!!」
 下方から、その顔を懐中電灯で照らし出した乾である。
「おや、そこにいるのは堀尾だね。ここは魔のテニスコート。とはいえアトラクションは簡単だ。ちょっとしたクイズに答えてもらうよ」
 不気味な笑顔で告げる乾。
 よくよく目を凝らせば、ここは越前家の寺が所有するテニスコートである。
「く、クイズぅ!?」
「そう。簡単な問題だ。答えられた人には素敵なプレゼント、答えられなかった人には特製乾汁ウルトラデラックス夏の肝試し仕様トロピカルバージョンをお見舞いする」
 肝試し仕様って。
 トロピカルバージョンの乾汁って。
「では問題〜」
「ちょちょちょっと!」
「ポール回しも鮮やかな、海堂の必殺技は?」
 ほっ。なんだ、それなら簡単だ。余裕じゃん!
 堀尾は意気揚々と答える。
「ブーメランスネイク!」
「正解」
 やった! とガッツポーズの堀尾に、乾は唇だけでニッコリと微笑みかけた。
「では正解の堀尾君には素敵なプレゼントだ」
 乾が囁いたと同時に、ふわん、と小さな灯りが一点を照らし出した。
 よくよく見てみると、そこにはラケットを構えた海堂の姿。
 なに?
「必殺技を見事に当てた人には、ご本人による本物の必殺技をプレゼント〜」
「ええええええッ!??」
「なお球を返せたらランキング戦三試合免除、返せなければ即学校に戻ってグラウンド20周が待っている」
「そんなああ!!」
 いきなりラケットを渡されて、堀尾はパニックに陥った。すでに眼前の海堂は、闇夜に光る蛍光ボールを地面に弾ませている。
 この暗闇で、いくらボールが光っていても、それを返すなんて無理だ! 普段でも無理なのに!
 相手のボールの威力を利用していないだけ、海堂のスネイクも威力が格段に落ちているなどという事実は、堀尾程度の実力の人間には関係ないらしい。
 ポーンとひときわ勢い良くボールを弾ませる海堂。
 こんな意味でも、これは肝試しなの以下略。

 テニスコートでも、珍妙な叫び声が響き渡っていた――。




 で、その頃の手塚とリョーマはと言うと。
 二人は鐘撞き場の上で、ただぼんやりと座り込んでいた。
 この二人の場合、ただぼんやりと突っ立っているだけでも充分肝試しにはなるが、それではこの企画の目的に添わない。役立たずと判断された二人は、この鐘撞き場の上へと不二によって追いやられたのである。
「ここで二人で待機してて。必要な時があったら呼ぶから」とは不二の弁。

「役立たずだって」
 リョーマはクスクスと笑いながら囁く。
「もっともな意見ではあるな」
 青学レギュラー陣の中でも群を抜いた有望株の二人も、この場面ではただの足手まとい。しかしリョーマは何気に楽しそうだ。
「これで誰に遠慮する事なくふたりっきりでいられるじゃないスか」
「まだお前はそんな事を……」
「不二先輩だってきっと予想済みでしょ。イチャイチャするなとは言ってなかったっスよ」
 どこまでもポジティブなリョーマである。
「誰かが来るかもしれないぞ」
「いいじゃん。じゃ、そんなスリルが俺たちの肝試しって事で」
 クッと、手塚は微かに吹き出した。おしい、暗闇じゃなかったら、もっとちゃんとその顔を見られたのに。
 リョーマがその広い肩に手をかけたら、それに吸い寄せられるように手塚の顔が動いた。
 軽く触れ合う、口唇。
 すぐに離れたそれを、指で辿り合った。
「肝試しでもなんでもないだろう。お前はこういう事で、度胸が据わっているからな」
 度胸があるというか、他人の目など気にもしていないというか。
「お互い様じゃん」
 夏の風物詩、肝試し。
 海に山に祭りに花火。夏にやれる事は色々あるが、結局今年の夏は、ほとんどの行事を見送った二人だ。多分、これからもそうだろう。
 別にそれが悪いという訳じゃない。けれどだから、二人でいられる時は、遠慮せずに二人でいよう。
 もっと、とねだるように、リョーマは手塚の肩に両腕を絡ませて引き寄せた。
 小さな身体に覆い被さるようにして、手塚は再びリョーマの口唇を塞いで行く。
 じんわりと分け合う、その身にまとう熱。
 まるで誘うような、夏の夜のしんなりとした空気の中ならば、こんな関係の二人は抱き合わなければ損なのだ。
 一度重なった身体は、長い事離れる事はなかった。




 ――彼らは知らない。
 二人で身体を寄せ合う鐘撞き場の昇り口に、一枚のたて看板が鎮座している事を。
 そこに記述されていたのは。

『この上にいる二人の間に割って入り「このバチ当たりが〜v」と叫んで彼らの肩を抱き、豪快に高笑いできた人間は即レギュラー入り。先着一名さま』

 プレゼンターは無論、魔王不二周助さまである。
 その看板を目の前にしながら、フルフルと肩を震わせる荒井の姿が、そこにはあった。
「……できやしねーよ……」
 そんな命知らずな事をするくらいなら、来年あたりのランキング戦に可能性を任せた方が数倍マシである。
 しかし現行レギュラー陣なら、確かにこれくらいの事は平気でやってのけるだろう。そうか、だから彼らはレギュラーなのか……(ちがう)。
 チクショウ! 俺だって、いつか――!!
 何を決心したのかは知らないが、踵を返してその場を駆け出す乙女走りの荒井の姿が痛々しい。きらめき飛び散る涙の輝きは、きっとすべての人間の同情を誘うだろう。

 そんなこんなで。
 こうして彼らのための肝試しの夜は、とっぷりと更けて行くのであった――。




END




●あとがき●
すっかり時期を外してしまった肝だめしネタです(苦笑)。今回は塚リョがメインなんじゃなくて、肝試しがメインの中に塚リョが入ってる感じですね〜。ただのコメディになってしまいましたけど、やはり肝だめしネタは一度やらないと、とサイト開設当時から考えておりましたので(苦笑)。お約束です。そろそろリリカルもやりたいぞ〜。



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