UP20011221

23日の過ごし方




 今日、12月23日。
 青学男子テニス部は、校内自主練習日となっていた。
 冬休み二日目にして日曜日、そして祝日。何かと予定のある人間も多かろうという事で、部活動の盛んな青春学園中等部も、ほとんどの部活動は休日を設定していた。
 しかし、異常なまでに部活動の好きな人間が揃う――言いかえれば暇人の多い男子テニス部の面々は、レギュラー陣を筆頭に多くの生徒が自主練習に参加していた。他校と違い、進学に関する心配の少ない三年生も、例外ではない。彼らは第一線を後輩に譲るも、この冬になってもほとんどのメンバーが日頃から部活動に顔を出している。

 しかし。

「あいつ、どーしたかなぁ」
 桃城が呟く。
 今日、一年生ルーキー越前リョーマだけが練習に参加していないのである。
 自主練習と言うからには、タテ前上、参加は自由だ。現に何人か来ていない部員も各学年にいる。しかし、こういう場面にリョーマが参加していないのは珍しい。対抗試合などでコートが使えない場合に、ひとりでふらりとどこかに出て行く事はあったが、今回はそういうケースではない。
「身体でも壊してるのかな……」
 大石が表情を曇らせる。
 まさかそれはないだろう、と一同考えるが、しかしそれでは理由は何だ。ほんの気まぐれ、という事も充分考えられるが、ハッキリとしたことが分らないというのは、何となく気になるものだ。
「にゃにゃ、連絡してみればいーじゃーん」
 どこからともなく現われた菊丸の手に握られているのは、携帯電話。
「これで、おチビちゃんの家にピピピ〜ッとね♪」
 ニッコニッコと笑顔の菊丸だが、その彼から大石がヒョイと携帯電話を奪った。
「こーら英二! 持ち込み禁止だぞ」
「カタい事ゆうなよ〜、ほら、冬休みだし、ね?」
 ね? ……って。
 大石のご機嫌を取ろうとするかのような、微妙にかわいらしげな菊丸スマイル。
 まったく……とその携帯電話を見つめる大石だが、確かにこれで、手っ取り早くリョーマに連絡を取る事はできる。言いくるめられて、冬休みだから甘くするという訳ではないが、ここで菊丸に細かく小言を言っても始まるまい。そうこうしている間にも、何事かと周りにワラワラと人が集まってきているし。
「仕方ないな……越前の家って何番だ?」
「あーっと、」
 菊丸が、キョロンと上目遣いであさっての方向を見あげた。おチビの自宅、登録してたっけな〜? などと、呑気な呟きが大石の耳に届く。
「おいおい」
「しょうがないな〜、英二ってば。……はい、手塚?」
 ヒョイと顔を覗かせた不二が大石の手から携帯電話を取り上げ、そのままそれを隣の手塚に渡した。
 ふと眉間に皺を寄せる手塚。
「……俺が?」
「ぶ・ちょ・う。越前君がどうしてるのか知れればいいんだから」
 不二の笑顔に、手塚はやれやれとため息をつく。どいつもこいつも心配性だ、と思ったかどうかは定かではないが。
 手早くナンバーを押してそれを耳に当てる手塚を見守りながら。
 その一連の動作があまりに滑らかだったために「なぜ手塚が越前の家の番号をナチュラルに記憶しているんだ」という点には、誰もツッコマなかった。というか、気付かなかった。
「……あ」
 長い事呼び出し音を鳴らした後の手塚の声に、周りの視線が彼へと集中する。
「越前? ……そうだ、俺だ。……あ? なんだって?」
 唐突な電子音。
「あ! そういえば充電!」
「……切れた」
 充電がなくなる寸前だった、と頭を抱える菊丸を尻目に、手塚は切れた電話を見つめる。
「もう、英二ってば〜。……手塚、越前君、何か言ってた?」
 不二の言葉に、手塚は一瞬無言で彼を見つめたが。
「……『助けて』……」
「は?」
「助けて、だそうだ。かなり息を切らしていたようだが」
 ……。
 何なのだ、それは。
「自宅にいるのは確かだな」

「助けて……?」
 その場にいた全員が、揃って首を傾げた。



 ややあって。
 越前家の前には、手塚、菊丸、桃城の三人が揃っていた。
 何があったかは知らないが、助けて、と言われたからには、様子くらい見てやらねばなるまい。とりあえずは助けを求められた手塚本人と、何かあっちゃ大変、という大義名分の許、実はただの好奇心から彼についてきた二人。

 おーい越前、と、桃城がいつもの如く声を掛けようとした瞬間。
 ドカン、と、何かが何かにぶつかるような衝撃音に、三人は一斉に動きを止めた。
 家の中からである。
「なんだ!?」
 一瞬の躊躇の後、三人は施錠されていない越前家の門から中へと踏み込んだ。もしかして、本当に何かシャレにならない事態が起きているのではないだろうかと、一抹の不安を覚える。
「ごめんくださーい!」
 ピシャン、と他人の家とも思えない仕草で玄関の戸を開け放って。そこに立った三人の視界に飛び込んできたのは、土やら得体の知れない屑やらですっかり取り散らかった越前家の廊下。
「……何コレ」
「泥……かァ、これ。それに、木の枝?」
 そこに散乱しているのは、既に乾いて砂と化した土や、小さな枝や剥げ落ちた木の皮。何と言うか、まるで、大木か何かをここから引きずって運び込んだかのような。
「お邪魔します……?」
 汚れた廊下の隅をそろそろと歩いて、とりあえず居間を目指す三人。あれだけうるさく踏み込んだというのに、誰も顔を出さないというのも越前家にしては変な話だ。さっきの音も気になる。
「あの〜」
 ヒョイと居間へと顔を覗かせる菊丸に、手塚と桃城も続く。

 全員が、絶句した。

 余計なものをすべて取り払われた居間に豪快に鎮座しているのは。
 多分、針葉樹、のようなモノ。というか、松。
 全長おそらく3メートル弱。居間の天井にも届こうかという勢いだ。
「あー、先輩……」
 横に広いその松の木の陰から、リョーマがぼんやりと顔を出した。
「お、越前! 何なんだよこれは!」
「ラッキー……でっかい人が、三人も……」
 焦点の合わない視線をさまよわせて、虚ろに呟くリョーマ。そりゃあ、彼に比べれば誰でもデカイというものだが。
「越前。どうしたんだ、これは」
 何やらヤバそうな目をしているリョーマに近付いて、手塚は問い質す。
「どうって……これ、クリスマスツリー」
「どこが」
 鋭い手塚のツッコミ。
「うるさいなァ、ツリーなの!」
 その場にかがんだ手塚を、座り込んだままのリョーマはギロリと見上げる。
「オヤジの知り合いがねえ、ツリーに使える小さいもみの木くれるって言ってきたんスよ。だから取りに行かせたら、何の役にも立たないもみの木よりも、正月に門松に使えて、その後寺の敷地に植えられるからって松の木なんか持って帰ってきたんスよ! しかも、こんなデカイ奴ッ!」
 これをどうやって門松に使うのかというあたりは、かなり謎だが。
 家に運び込むのは大変だし、いきなり倒れるし……と、頭頂部沸騰状態でリョーマは捲したてた。先刻の音は、この松の木が倒れたのが原因らしい。

「……飾り付け」
「なに?」
「飾り付け、テツダッテクダサイ」
 ガシッと、手塚の二の腕を取るリョーマ。既に目つきが尋常ではない。
「せっかく来たんでしょう!? 何か手伝っていきましょうよ!」
「……」
 必死の形相に、二の句が継げない。

「俺、やるー! 飾り付け!!」
 呆然と松の木を見つめていた菊丸が、元気に片手をあげた。わくわくと瞳を輝かせている。
「すっげー面白そうじゃーん。な、桃!?」
「おお、そうっスねー」
 何だかもう、やる気に満ち満ちている菊丸と桃城。
 ヌッと後ろから伸びてきた腕が、そんな二人の肩をがっちりと捕まえた。
「……わッ!?」
「よォッ、精鋭が来たじゃねェかー。ご苦労サン!」
 無敵のリョーマの無敵な父、南次郎である。既に二人に手伝わせる気満々らしい彼の足許には、巨大なポリ袋が数個。すべて、飾りの小道具が入っている。
「そーだなァ? 前衛的にスンバラシイ飾り付けが出来たら、ご褒美にパーっとイヴイヴパーティってのはど〜だァ? テニス部のメンバー呼んでよォ」
「え、マジ本当っスかー!?」
 ニカッと笑う南次郎に、素直に喜ぶ二人。メンバー全員呼んで、というあたりで既に二人へのご褒美にはなっていないという点には、まるで気付いていない。というか、松を使っている時点で、充分前衛的なクリスマスツリーになっているのだが。

「おじさま〜、松の方もう良いなら、私たちこっちやりますね〜」
 キッチンの方から、ヘトヘトの顔で菜々子が顔を出した。
「オウ。……手塚、お前さんはリョーマとあっち手伝ってくれや」
「はぁ……?」
 立っているものは、手塚でも使う南次郎。少なくとも、カルピンよりは役に立つ。
「行きゃ解るって」
 グイグイと押されてリョーマと二人キッチンに向かってみれば、そこには大量の蔓草と粘土細工の造花、そしてリボン。
「クリスマスリースっすよ……部長」
 半ば諦めたようにリョーマは呟く。
 松のツリーと、蔓草のリース。どこまでもハンドメイドな家だ。
「忙しい家だな」
 ここまできて、こんな急ごしらえですべての作業をやる事もないような気がして、手塚は呟いた。別にクリスマスの飾り付けなど、事前に済ませていても良い筈だ。
「オヤジの思いつきだから、こんなモンすよ……まったく」
 菜々子と母親の作業するテーブルがいっぱいなので、床に座り込む二人。リョーマは蔓草の束からズルズルと一本を引きずり出した。
「なんかね、もともと部長たち呼んで大騒ぎするつもりだったみたいっスよ、オヤジ」
「あん?」
「……」
 日本に帰って、青学に入ってから。
 リョーマがあんまり毎日楽しそうにしていたから。
 何事にもあまり関心を示さなかった息子をそんな風に変えた連中と、面を付き合わせて騒いでみたい、と思ったのかもしれない。
 傍から見て、ただの親バカかもしれないが。
 彼を変えたなどという自覚のないテニス部の面々は、そんな事にはきっと気付かない。
「それにしても……リースってのは、どうやって作るものなんだ」
 蔓草を持て余しながら手塚は四苦八苦する。いくら見た目器用な彼でも、こんな作業はこれまでやった事がない。
「うーん、花冠でも作る要領で?」
「花冠はどうやって作るんだ?」
「さあ……」
 にっちもさっちもいかない。
「なァ、おチビー。ツリーの上に星くっつけるんだしょ? てっぺんってどこー?」
 脚立に昇った菊丸の大声が、居間から聞こえてくる。
 さすがに松の木の頂点はわかり辛いらしい。
「あー、星ね。付けマス。えーと、ベツレヘムの星を目指して神父が……あれ? 学者だったかな? まァいーや……とにかく上ならどこでもいいっス……」
 かなり意味不明な事を呟きながら、リョーマはポロリと蔓草を手放した。
「もー限界……疲れた」
 リョーマはパタリと倒れ込んだ。……手塚の膝の上に。
「こら」
「朝からずっとこんな騒ぎっスよ……ちょっとは労ってくれてもいーでしょ」
 蔓草を束ねてリボンでぐるぐると巻き付けながら、手塚は膝の上のリョーマを振り落とそうとするが、彼はがっちりとその足を抱え込んで放さない。
「明日のために、今寝る……」
 そう言ったきり、どこでも安らかに眠れる事を特技とするリョーマは、まるで気を失うかのようにスゥッと眠りに落ちてしまった。
「どういう神経をしているんだ……」
 よほど、疲れていたのだろうが。
 手塚は嘆息しながら、蔓草を環の形にまとめる。ひょっとして、この作業をひとりでやらなければならないのだろうか。

「よーォ、働いてっかァ?」
 手塚の背後から、南次郎がその手許を覗き込んだ。
「見ての通りです」
「なンだ、バカ息子はもうリタイアか? だらしねェな」
 クックッ、と南次郎は愉快そうに笑う。
「膝枕をしながらリース作りかい。いーい嫁さんになるぜえ」
「誰がですか」
 眉間に皺を寄せる手塚に、南次郎はゲラゲラと笑い出した。心底楽しそうだ。
「怒るな怒るな! 今日はたーんと旨いモン食わしてやるからよ!」
「……大した計画性ですね」
 行き当たりバッタリな南次郎にイヤミのひとつでも言いたくなったのか、手塚はあくまで手を休めずにそれだけを言った。そんな彼の様子にも、南次郎は機嫌を損ねる様子もない。というか、それすらも楽しんでいる感じだ。
「そう言うなよ。年中行事のバカ騒ぎを今日にしたのだって、おめェのためなんだぜェ?」
 手塚は、ピタリと手を止める。
「は?」
「イヴの明日は、リョーマと約束してんだろうが?」
「……」
 見透かされている。
「よォ、手塚?」
「……はい?」
 南次郎は、かがみ込んでいた体勢を一度正して、その場にしゃがみ込んだ。
「俺から見りゃ中坊なんて、てんでガキだがよ。良くまとめてんじゃねーか、部長さんよ。感心してんだぜェ?」
「……」
「リョーマがテニスで俺以外に執念見せるなんてな、今まで一度もなかったんだよ。それが今じゃ、このとおりだ。……楽しいぜ? 今のこいつを相手にすンのはさ」
「……」
「で、テニスから離れりゃ絶対の信頼を置いてるときてる。頼られてる自覚、あんだろ?」
 頭の上の南次郎の声にもまるで目を覚ます様子のないリョーマ。
 その腕は、手塚の膝をかっちりと捕らえたまま。こんな姿は他の誰にも見せた事がないだろう。
 無防備にこんな姿を晒すリョーマを、手塚は。
「……必要としているのは、俺の方です」
 ボソリと言ってしまってから、手塚はしまった、と思った。
 が、すでに遅い。
 しゃがみ込んだ南次郎は、ニヤ〜ッと人の悪い笑みを浮かべた。そんな彼に弁解を試みようと、必死にあれこれと考えてしまった手塚だが、何ぶん本当の事だけに言い訳のしようもない。
 どうも、この親子には揃って弱みを握られやすいらしい。もっともリョーマにいたっては、存在自体が弱みのようなものだが。
 が、南次郎はただ笑って手塚の頭にバフン、と手を置いた。
 手塚相手にこんな真似が出来るのも、越前父子くらいのものだろう。
「大事なのはさ、そーゆう事だぜェ? 良く解ってんじゃねーか。与えられてる幸福ってのには、なかなか気付かねえもんだ。大抵は、与えている、て方にばかり気持ちが行く。俺はな、お前さんのそういう、いっそジジくさいまでの達観ぶりが、結構好きなんだぜ?」
「……どうも」
 としか、言いようがない。
 誉められているんだか、けなされているんだか。普段から手塚の高圧的な態度をものともしないこのオヤジの言う事は、どこまでが真実なのやら。
「どうした? こーいうオヤジは気に喰わねぇか?」
 楽しそうな南次郎を、手塚は何となく見返してみる。
「……好きかもしれませんよ」
 ほう? と、南次郎は目を丸くする。
「嬉しい事言うじゃねーか。なんでだ?」
 手塚は、膝の上で目を閉じたままのリョーマの髪に、指を差し入れてそっと梳いた。

「似ていますから」

 南次郎は、唇の端をクイ、と吊り上げる。
「いーい答えだ」
 そして独特の笑顔のまま、そこに散らかる造花のひとつを手にとって、手塚の胸のポケットへとそれを差し込んだ。
「クリスマスプレゼントだ。とっときな」
 粘土細工の小さな花。
 何のマネやら。勲章か何かのつもりだろうか。
「とんだバカ息子だが、大事にしな。……さて、と」
 南次郎はさも難儀そうに、よっこらせ、と立ち上がった。
「おじさま、手が空いているならおうちの中のお掃除して下さいな」
 ふらりと出て行こうとした南次郎の背中に、菜々子の言葉がサックリと刺さる。
「あ〜……はーいはい」
 逃げられないと察知したらしく、南次郎は掃除用具を取りに納戸へと向かったようだった。

 何となく、といった感じで手塚が微かに息をつくと。
「おーい、越前。このモールって切っていーのか?」
 居間から桃城の声と、ズルズルと何かを引きずって近付いてくるような音。
「なあってば越前……げげッ」
 手塚の膝を枕にして眠りこけるリョーマを目撃して。
 部長相手に何やってんだー、と言おうとして、しかし声にならないまま、桃城は蒼白で口をパクパクさせる。桃城がワタワタと振る手の動きに合わせて、その手で持っている銀色のモールがゆらゆらと揺れた。
「桃、どしたー?」
 そこに、菊丸も現われた。
 目の前の光景に、パカンと目を見開く。
「あ! 手塚ズルイーッ! 俺もおチビちゃん膝枕したい!!」
「……菊丸」
 フォローのしようのない状況と菊丸のズレた叫びに、手塚はこめかみを押さえた。
「何? だめ? 手塚のケチー。んじゃ手塚が俺にも膝枕してよ」
 更にズレる菊丸。
「バカ言うな」
 手塚の額に、怒りの四つ角。
 ……を見たような気がして、桃城は必死になって菊丸をなだめた。
 何なんだー、この状況は一体〜、というのが、正直なところだろう。
「え、えーじ先輩。膝枕なら、俺が後でやってあげますから」
「ヤダよ。桃のじゃカタソウじゃん」
「……部長のだって、そんなに柔らかくはないと思いますけど」
「ん〜、それもそうか。んじゃいいよーだ。あとで大石か不二にしてもらうから」
 プン、と頬を膨らませる菊丸。
 いや、大石先輩も不二先輩も柔らかくは……と、桃城は言いかけたが、これ以上こじらせるのも面倒なので、やめた。

 手塚は、そっと息をついてリョーマの体を軽く揺すった。
 このままでは、色々と面倒だ。
「越前、起きろ」
 手塚の言葉にリョーマは一瞬瞼を震わせたが、声にならない声で唸ったきり、一向に動こうとしない。
「越前」
 その身体をグイ、と引きずりあげてみても。
 リョーマは更に纏わりつくだけ。
「おい」
 がっちりと手塚の首に腕を回して、リョーマは微かな声で何事かを呟いた。
 瞳を大きく見開く手塚。
「越前!」
 また、一言。

 キスしてくれたら起きる。
 じゃなきゃ、ぜーったい起きない。

 ――このわがまま王子が。
 こうなったリョーマがテコでも言う事を聞かないのは、手塚自身が一番良く知っている。

 スウ、と、手塚は静かに息を吸い込んだ。
「菊丸、桃城!」
「えッ!?」
「回れ、右!!」
「は、ハイッ!?」
 いかにも部長な掛け声に、二人は揃ってクルリと身体を回転させた。
 習慣とは、恐ろしい。

 そしてリョーマに、掠めるような手塚のキス。
 リョーマは、それでパチリと瞼を開いた。
「やるね」
 小悪魔のような、その笑み。
「……」
「な、なあ手塚、なに!?」
「……何でもない」

 深く息をついた手塚がふと見上げると。
 テーブルの向こうから、妙な視線。
 菜々子だ。

 ――しまった……!

 片手で口許を押さえてこちらを見つめている菜々子の目は、三日月型に細められていて。
 その瞳が、語っていた。
 ――だいじょうぶ、誰にも、決して言わないわ♪
「……! ……!!」
 既に何事も、声にならない。
「部長? どーしたの?」
 どうしたもこうしたも!!!

 何かを叫びかけたが、諦めた。
 どうあっても越前家の面々には、弱みを握られる運命なのだろう。お祭り騒ぎに乗じた無礼講という事で、強引に納得するしかあるまい。というか、無礼講を疾走しているのはこの場合手塚ひとりだが。
「変な部長」
 リョーマの言葉にも、ただ無言で頭を押さえる事しか出来ない手塚だった。



 12月23日。
 今日は一足早いクリスマスのお祝いで、明日はリョーマの誕生日。
 こんな善き日の、ささやかな出来事だった。




END





●あとがき●
ブッチリ切れてますな(苦笑)。しかし、なんかすっごいモノ、書いた気がします……。



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