UP20010910
青学メモリアル:3 フォトグラフ
よく晴れた、気持ちのいい休日。 青学テニス部オフ日という珍しいその日に、うららかに陽がさす自室でぼんやりと目を覚ましたリョーマの目の前に立っていたのは。 「ぶ、ちょう……」 「目が覚めたか」 先程まで夢に見ていたかもしれない、けれどここにいるはずのないその人の姿。頭の中が真っ白になったリョーマがゆっくりと仰ぎ見た時計の指す時刻に、彼は目覚ましの音もかくやというほどの絶叫を発した。 事の始まりは、リョーマの何気ない提案だった。 買いたいものがあるから、そのついでにスポーツ用品店巡りを一緒にしないかと。早い話が、買い物という名のデートである。色気も何もないただの『買い物』ニュアンスの強い誘いではあるが、リョーマなりに断られにくい話の進め方を考えての事だ。 午前中は大石と打ち合わせをするからその後なら、と手塚に承諾を受けて今日を迎えたリョーマは、待ち合わせの場所まで向かう事もなく、約束の時間まできっちりと惰眠をむさぼってしまったのであった。 「いい度胸だな」 「部長……あのね」 リョーマの上で眠っていたカルピンを抱き上げたまま仁王立ちする手塚に言い訳をしようとして、しかしリョーマは語尾を濁らせてしまう。 眠れなかったのだ。 ただでさえ体力を極限まで消費する毎日の部活動。そのせいもあっていつも寝付きのいいリョーマにしては珍しく、昨晩はなかなか寝付けなかったのだ。もちろん原因は今日のデート(?)である。らしくもなくうきうきとテンションのあがってしまったリョーマは、ベッドの中でゴロゴロと転がり続けたまま朝方やっと寝付いたのだ。 楽しみなのが高じて眠れなかったのだとは、目の前にいる部長に対しては、ちょっと言い辛い。が……『寝坊できる程どうでも良かった』などと誤解されるのは、困る。 「眠れなかったんス……」 小さな声でそれだけ言うと、事情を察したのかそうでもないのか、手塚はパフン、とリョーマの頭に手を乗せた。 「いいから着替えろ。時間がもったいないぞ」 無表情のままでの、あまりにも手塚らしすぎる一言に、リョーマは素直に「へぇーい」と返して、のっそりと立ち上がった。 目的だった小物をさっさと買い込み、リョーマは手塚と共にスポーツ用品店のひやかしを楽しんだ。 デートというにはあまりな内容ではあったが、手塚の趣味に合わせたというよりは、リョーマ自身が他の事を思い付かないだけだ。これまでテニスの事以外はぞんざいな生活態度であったし。 時々、リョーマは隣を歩く手塚の姿を盗み見た。 手塚の私服というのも、滅多に見られるものではない。いつぞやの試合の時以来か。そんな姿だからか、学校で見る手塚と今の手塚は、大分印象が違うようにも感じた。 いや、それだけじゃないような気がする。 リョーマはちょっと考えた。 「あ、そうか」 「どうした」 「別に」 うっかり声に出してしまった自分をいぶかしむ手塚の視界を外すように、リョーマは微かに俯いてからほんの少し、微笑んだ。手塚の目線は高すぎて、そんなリョーマの様子をうかがう事はできない。 ――歩くのが、遅いんだ。 いつもと違うように感じた手塚は、普段の颯爽とした振舞いはどこへやら、ゆっくりのんびりと歩いていた。 リョーマの歩幅に合わせているのだ。 口に出したり、ひけらかしたりはしないさりげない優しさ。新しい発見をした気分だ。もっとも、この人はいつも何をするにも口数少なくさりげない人だけれど。 「あ」 通り掛かりのゲームセンターの入口をふと眺めて、リョーマはまた小さく声をたてた。 「何だ」 「部長、プリクラ」 「……は?」 そこには、プリクラの機械が数台。整然と、ファンシーな色使いの物体は鎮座している。 「部長、プリクラ撮って下さい」 「……なに?」 「俺と一緒に、なんて言わないから、部長ひとりでいいから、さあ!」 うきうきと訳の解らない事を言い募るリョーマを、この上ないしかめっ面で睨み付けてしまう手塚。無理もない。 「冗談はよせ」 「なんで。いいじゃん。たかが写真でしょ」 ただの写真とプリクラでは、あまりに違いすぎる。どこがと言われると困るが、とにかく違う。 「お前の趣味をとやかく言うつもりはないが、俺にそういう趣味はない。やるならひとりでやれ」 「それじゃ意味ないでしょ。俺だってそんな趣味ないっすよ。俺が。部長の。プリクラほしいの!」 「……なんで」 あくまで解らないといった表情の手塚に、リョーマは深いため息をつく。もっともこの言い方では、手塚でなくとも解らないというものだが。 「あのね部長……俺だって少しくらいは、優越感ってものが欲しいんスよ」 「優越感?」 「そう。部活でアイドルな手塚部長は皆の人気者でしょ。でもって俺達は学年も違うし。はっきり言って学校じゃこんな風に肩を並べる事も滅多にないでしょ?」 自分もかなりアイドルであるという事実を、リョーマは知らない。 まあ、それはさておき。 ふたりがこうしてプライベートで出掛けるような間柄である事を、他の人間は知らない。特に秘密にしておきたい、と思っている訳ではないが、部活動での差別的要素をなくすために、部内では必要以上の接触を避けている。手塚やリョーマにそのつもりがなくても、他の部員はどういう風に思うか解らないし。手塚が『部長』であるがゆえだ。 もっとも、物分かりの良いレギュラー陣は何気に最近二人の仲が良い事くらいは暗黙の内に知っているし、不二などは手塚をあおった張本人だから、もちろん知っている。乾もかなり良い観察対象にしている位だから、ふたりの事は当然承知している。彼のつけている観察日記の事など、さすがにこのふたりは知らないが。 「だからね。俺だけの特別が何か欲しいって思うのも当然でしょ?」 拗ねたように、リョーマは言う。 女々しい独占欲だと笑うなら笑え。思春期男子の胸の内だって、婦女子に負けないくらい複雑なものなのだ。 手塚がリョーマの事をある程度特別に思ってくれている事は、リョーマ本人だって分かっている。けれど、小さな物でもいい、物理的に形になっているものが欲しいのだ。最近は良く本音を出すようになったリョーマの、ほんの小さなわがまま。 考えてみればこのふたりは、お互いに『好きだ』などという言葉も言った事がなかった。 そんな言葉で考える前に、相手が特別である事に気付いてしまったから。改めて伝える事など、考えた事もなかった。 上目遣いで自分を見つめるリョーマに、手塚は小さく息をついた。 「寄るところがある。ついてこい」 それだけ言って、手塚はさっさと歩き出す。 「ちょっと部長! 人の話聞いてんスか!?」 「いいから」 リョーマにかまわずスタスタと歩き出した手塚は、どうやら馴染みであるらしい書店に足を踏み入れると、店内には目もくれずにカウンターへと直行した。リョーマは入口付近で足を止めたまま戸惑ってしまう。 「……部長?」 ややあって、薄い袋を手に戻ってきた手塚にうながされて、ふたりは再び外に出た。 「……ほら」 袋をあさって手渡されたのは、一枚の写真。 「これ……」 誰が撮影したものなのか、いかにも名前を呼ばれて振り返ったような、手に雑誌を持った手塚が写っているスナップだった。 「親に頼まれて買い物ついでに出しておいたやつだ。やる」 「部長……」 「プリクラは勘弁してくれ」 ソレを食い入るように見つめるリョーマの頭の中から、プリクラの事などキレイに吹き飛んだ。 「部長って……」 嬉しさ絶頂で笑みが込み上げてしまうのを、リョーマは止められない。バフン、と手塚の胸に顔を埋め、けれどすぐに離れて手塚を見つめて、イタズラっぽい表情で言った。 「これ、持ち歩いていいっすか」 いつもの小生意気そうな表情の中に隠されたリョーマの歓喜に、手塚は一瞬瞳を細めた。ほんの少しスナオじゃないリョーマの中に見たもの。それは言葉にすれば『愛おしい』というものなのかもしれないが、手塚自身はそこまで思い至らない。 「いいぞ。だがもし誰かに見られたら即没収、というのはどうだ」 手塚の言葉に、リョーマはくすくすと笑う。 「意地悪いなァ」 それもいい。 ふたりだけの秘密、だ。 写真を懐にしまって上機嫌そうに歩き出したリョーマは、ふと手塚を振り返った。 「部長は?」 「何だ?」 「部長は俺の何か、欲しい?」 二人の関係の証。 笑顔でそんな事を聞いてくるリョーマに手塚は何かを言おうと口を開きかけたが、結局何も言わずに彼の肩にポン、と手を置いた。 そんな彼のわがままこそが、証のような気がしたから。 END |
●あとがき● ここで終わるか、私……。写真をあげる手塚というのを書きたかっただけなんす……。ふたりがプリクラ好きかどうかなんてことは、知りませんが(笑)。<好きだったらどうしよう……。私は、プリクラどころか写真を撮られるのも苦手なんですけどね(笑)。 |