裏路地に面した高層家屋のひとつ。五階あたりの窓から、今まさに修羅場たらんとする緊迫の裏路地をひそかに見下ろすいくつかの目があった。
「あの小僧――いや、お嬢ちゃんだったっけな。ありゃ、かなり使うようだねェ」
無頼のならず者どもの、まがまがしい銀光はなつ兇刃にぐるり囲繞されてなお、臆することいささかもなく身構える少年のような娘を値踏みして、傍観者のひとり、総髪の剣士がかたわらの男を見た。
あの有象無象どもでは、腕試しにもなるまいに……そう、剣士の目は語っていた。
「そんなことは承知しておる。子供とは申せ、魔操闘技を伝うる一族の生き残りだ」
「んじゃ、なぜ試すんだい?」
「殺人に気後れせぬか、それを試すのよ。なにせ年端もゆかぬ小娘のことゆえな」
「ふ〜ん。あいかわらず御念のいったことで」
「使えぬようであれば貴様にくれてやる。試し斬りにでも供するがいい」
痩せた神経質そうな印象の男が酷薄にそう云い放った。
次々と繰り出される斬撃をかいくぐったユーミが巧みな体捌きをみせ、襲いかかってきた者の腕を取り足を払うたび、ならず者どもはぶざまに同士討ちを演じて互いに手足を斬りとばし、血まみれになって石甃の上を転げまわった。
「くそったりゃああああ〜〜! 死にくされェェェい!!」
ならず者連中は嚇怒し、ただでさえ鬼のようなつらに朱をそそいで、狂人さながらにいきり立ち斬りかかってくる。当初、チビ助の小僧が一人と高をくくってユーミを侮っていた彼等の顔に今や余裕はない。
ユーミは横薙ぎの一閃を常人離れした跳躍で躱し、そのまま斬撃を繰り出した敵の頭をひっつかんで跳び膝蹴りを食らわせる。更に敵の顔面を支点となし、旋脚をもって後方にいた二人の蟀谷あたりに痛烈な廻し蹴りを見舞った。息もつかせぬ連続技の冴えである。
三人四人と漆喰壁にたたきつけられて白目を剥く仲間を見て、さしも蛮勇を恃みとする無頼の者どもも迂闊に仕掛けるのを躊躇うかと見えた。
頭立つとおぼしき眼帯の男が、地団太踏んで怒鳴りちらした。
「何してやがる野郎ども! んなクソガキ一匹になんてざまだ! さっさととっ捕まえて、細首もいだれや!」
「ところがどっこい。お前さん達にはどうも無理っぽいぜ? なァお嬢ちゃん」
不意にその声は彼等の頭上から降ってきた。声の主を求めて男たちが視線を上に彷徨わせたかと見る間に、とある高層家屋の窓のひとつから、ひらりと身を躍らせた影がある。
路地に軽やかに着地したその者は、ニコニコとどこか造り笑いめいた笑みをうかべ、すたすたと無造作にユーミのほうへ歩きだした。
「ちょ、ちょっと待ったらんかい」
突然の成り行きに一瞬茫然としていたならず者の親玉が、眠そうな眼をしたその総髪の剣士の行く手を遮った。
「アンタぁ確か、ダンナんトコの用心棒だったな。剣士さんよ。こいつぁ俺らがダンナから請け負った仕事だ。手出しは無用にしてもらおうかィ」
余計なマネしやがったらどたまカチ割るど!? とでも云いかねまじき剣呑な形相である。思うに、依頼金の査定に難癖がつくのを警戒するふうであった。
「老婆心ながら忠告さしてもらうとね、そこのお嬢ちゃんはお前さんがたの手におえる相手じゃないって。ちょっとやりあってみて分らないかねぇ」
すでに頭に血がのぼっているならず者の親玉は、その言葉に激怒し、こんどは剣士にもつっかかっていった。
「あぁ!? 何だとテメー!? ダンナの身内だと思って下手に出てりゃつけあがりやがって。テメーから先にブチ殺したろか。あー!?」
子分のやくざ者が何人か、白刃をかざして総髪の剣士を取り囲んだ。剣士の開いているのか閉じているのか判別しかねる、眠そうな細目がほんの一寸見開かれた。
「ほほぅ。このユーアーサに剣を向けるんか。下種ども、覚悟はできてるんだろうなぁ?」
ユーミは思いもかけぬ事の成り行きに戸惑って呆気にとられていたが、突如剣士から発せられたただならぬ剣気を感知し、はっと身を引き締めた。
「なにが覚悟じゃい。かっこつけやがってクソ野郎が! おぅオメーら、このクソ野郎から先に――」
その言葉も終わらぬうち、ユーアーサから目にもとまらぬ抜刀の横薙ぎが放たれた。ならず者の親玉は顔面から大量の血を噴出させながら、あうあうと喘いでどうと倒れた。耳のあたりから頭部を上下に両断され、脳片をどろりとはみださせて彼は事切れていた。
次の瞬間、ユーアーサはならず者たちのあいだを駆け抜け、呆然と突っ立っていたならず者どもも、次々と血煙をあげて倒れていった。ならず者を屠るその剣には微塵の容赦もありはしない。
「オヤっさんッ!! おんどれ〜〜よくもウチのオヤジを!」
「生かして帰さねぇぞテメー!」
一転こんどは剣士ユーアーサと無頼漢たちの間で闘いが展開された。しかしそれはほとんど一方的な殺戮であったが。
ユーミは抜け目なくこの喧嘩の場からじわじわと距離をとり、どさくさを幸いずらかろうとした。せつな、立ち回り中のユーアーサが後ろ向きざまに投げ放った刀子がユーミの足許に突っ立った。
「今こいつら片すから、ちっとばかし待っておくれよ。お嬢ちゃん」
「さぁ、おめーで最後だよっと♪」
「ひっ! ひぃいいいいー! お、おおおたおたすけーーっ」
すこし前までごくありふれた長閑な昼下がりの裏路地であったそこは、そこらじゅうに死体が散乱し、噎せ返るような血の臭いに満たされた凄惨な修羅場と化していた。
半数がほども斃された頃、漸うユーアーサの尋常でない剣技とすさまじい闘いぶりに怖れをなしたならず者たちは、戦意喪失して我先にと冷酷非情な剣から逃れようとしたが、ユーアーサの神速からよく逃れ得るものではなかった。恰も人斬りに陶酔したようなユーアーサの双眸を向けられた者は、たちまち腰を抜かして失禁し、恥も外聞もなく泣き叫んで命乞いしたが、ユーアーサはそんな者をも無慈悲に殺害していった。そして最後の無頼漢が剣で喉を貫かれて倒れるまで、ものの数分とはかからなかった。
「さて邪魔者は片付いたぞ」
血刀をかついでゆらりとユーミのほうを振り向くユーアーサ。
(やっかいなおっさんが出てきたなー。あ〜んもう! 隙がないじゃん!)
「オレ様から逃げんのは、けっこう骨が折れると思うよ? 悪いが腹ァくくってくれよ」
「……いったい何なんだよ、おっさん。俺が何したってんだよ?」
ユーアーサは芝居がかった仕草で嘆息した。
「おいおい……おっさんとは酷いじゃないか。オレ様はまだまだ若いんだ。そりゃお嬢ちゃんから見たら、年いってるんだろうけどよォ」
ユーミは油断なく間合いをはかりはじめた。
「しかしナンだねぇ。お嬢ちゃんも相当なもんだね。目の前でこんなに人が斬り殺されたってのに、眉ひとつ動かさないか。その年でこれまでどんだけの場数を踏んできたんだい? ――さすがは名にし負うイルティーバの勇者、老グシェルのお孫さんだけのこたぁあるってか?」
ユーアーサはくすくすと癇にさわる嗤笑をもらした。この時、ユーミの眼光が初めて殺気をおびたのを見て取り、ユーアーサは満足そうに頷いた。
「おっさん何者? 俺のこと知ってんだ……」
ユーアーサはそれには応えず、ただ剣を正眼にかまえた。もっともユーミのほうとて、べつだん返答を期待していたわけではなかったが。
「どれ、実力の程を見せてもらおうか。出し惜しみしたら死ぬぜお嬢ちゃん」
云い終えるや否やユーアーサが地を蹴った。一気呵成に間合いを詰め、必殺の気をこめた突きをユーミの胸めがけて繰り出す。あわや切っ先がユーミを貫くかと見えた時、掌底打ちと鉤突きの交差でもって段平を腹からまっぷたつに叩き折る。
「なんだとっ!?」
間髪入れぬユーミのカウンターの裏拳を横っ飛びに躱し、再び距離をとる。
「そんななまくらじゃ、俺は斬れないよーだ」
ユーアーサは折れた剣を一瞥して投げ棄てた。
「……驚いたメスガキだな。このオレ様相手にそーゆー芸当やらかすか?」
ユーアーサは剣帯に佩いていたもう一振りの長剣の柄を握り、留金をはずすとゆっくり鞘走らせた。
(――!? あの剣……)
「ククククク――分るか。分るだろう。お嬢ちゃんも魔操手(ラグラー)の血筋なんだってなぁ?」
ユーアーサがかざして見せたのは毒々しい赤い刀身をもつ、あからさまにおぞましい妖気を発散する剣だった。
「しかるべき筋の見立てじゃ、無銘だがかなりの業物らしいぜ。いろいろいわく因縁があるんだとさ。正直云うと、オレ様もあんましこの剣は使いたかねーんだよね。何故か分るか? お嬢ちゃん」
「知るか」
「なんつーか、イっちまうのよ。こいつぁ切れ味サイコーでよ。ついつい見境なく人を斬っちまうんだよ。ククククク」
「……それってさ、ヤミアイテムだね? ったく、んな物騒なしろもん……素人がそんなもん振り回してるとろくなことになんないよ?」
この時代、古代文明の遺跡から、死の罠やガーディアンという危険を冒して盗掘する者は跡を絶たない。数知れぬトレジャーハンターがそのためにいのちを落したが、それでもなお古代遺産がもたらす巨万の富と神代の叡智の一端、禁忌の力がやどる魔法具という魅惑に満ちた果実は、彼等の食指を動かさすにはおかなかった。なにしろ、裸一貫の野心ある若者がのしあがってゆくのに、これほどてっとり早い方法はない。
ところが、コスメテル・リーフラート魔法遺産の拡散を恐れるコルトナイドの諸国は、これを独占し、国家の統制下に置こうとするのが常であるため、当局の摘発を逃れるべく、こうした盗掘品は闇市場で売買されることになる。大は宇宙航行舟艇から小は魔法薬のたぐいにいたるまで、たいがいのものは金さえ積めばヤミで入手することができた。
こうした闇市場に流れる盗掘品は玉石混淆で、多くはまがい物であったり、錬金術に毛のはえたようなわざで生み出された取るに足らない物であったが、時に魔道クラスの呪力を附与された強力な魔法具もそれと知られず取引されていたりする。盗掘品であるだけに、錬金術ギルドや学士院を通した学術調査もへったくれもあったものではなく、由来のさだかでないのもまたこうしたヤミアイテムの特徴である。したがって、魔力の性質が謎であったり、剣呑な呪いを込められた危険なシロモノが中にはあるのだ。
「オラーーッ!」
あきらかにこれまでをも凌ぐ動きでもって、ユーアーサが斬撃を繰り出してきた。名もなき魔剣の妖気がユーアーサに憑依したかのように、彼の全身が妖しい真紅のオーラにつつまれているのを、魔操手たるユーミの目は知覚していた。
(ちょ、ちょっと待ってよ〜。シャレになんないよあの剣)
今度こそは必死になってユーアーサの攻撃を躱しまくる。鬼哭啾々たる妖気は、斬撃ごとに今やふくれあがる一方で、赤い刀身の周囲には、人間の顔のようなかたちをした濃密な靄がしゅるしゅると飛びまわり始めていた。ユーミは戦慄した。
「死霊(レイス)を呼び寄せてる……」
できることならばあまり騒ぎを大きくせずにこの場を切り抜けたかったが、この期に及んでは是非もない。
ユーミは斬撃をかわしざまユーアーサの横を駆け抜けて数拍の間合いを取ると、背負っていた小さな竪琴を手に取って軽く調律した。精神を集中し、夢幻的な竪琴の旋律とともに呪歌を歌う。
「……デスタ・ヴェーセタルテ・ヘルト・マス・ナールゼング・テルム・エスタ……」
ユーミの体躯がぼんやりと発光しはじめた。
「させるかぁ!」
残心など無視した攻撃で一瞬相手を見失って体勢を崩しかけたユーアーサだが、ユーミが呪歌詠唱に入ったのを察知するや、そうはさせじと振り向きざま空を薙ぐ。圧搾された剣気が遠当てにユーミに襲いかかり、彼女をズタズタに切り裂くかと見えた時、激甚な魔力の奔流がユーミの周囲に渦巻いて、ユーミを包む障壁を形成した。ぶつかり合って弾けた魔力の残滓がそこらじゅうに飛散し、家々の漆喰壁や煉瓦塀を爆砕した。
濛々とたちこめる土埃をついて瓦礫の山を踏みしめ、ユーミが現れいでた。
「あ〜あ、こんなにしちゃって……」
闘争沙汰に気付いた、というかこれまで気付いても関わりあいになるのを恐れて見て見ぬふりを決め込んでいたのかもしれないが、路地の近隣に住まう人々がさすがに騒ぎ始めていた。
(ぜったい街城の治安部隊が出動してくるよ)
ユーミとしては、そうなる前にケリをつけたいところだった。しかし、ユーアーサはそう簡単な敵手ではなさそうだ。
「で、どうすんの? 邪魔が入りそうだけど続きやんの?」
「知れたこと。ひさびさに手応えのあるヤツと出会えたんだ。逃がしゃしねーよ、お嬢ちゃん」
「俺にも都合ってものがあるんだけどなー。でもまぁいいや。後腐れのないように、ここでやっつけてやる」
対峙する二人の殺気が高まる。その時だった。
「待てい! 双方引け!」
「なんだよ。すぐ終わらすから殺らせろよ」
「勘違いするなユーアーサ。我々の目的はその者を斃すことではない」
「……ち! わーったよ」
舌打ちしてユーアーサが剣を納めた。が、ユーミは油断なく術を解かなかった。
身なりの良い痩せた男が、通りをこちらへと歩いてくる。
「ランザーヌで会って以来だな。ユーミ嬢」
「! あんた……マールズだっけ? これってあんたの差し金かよ?」
「そうだ。おぬしを試させてもらった」
マールズは落ち着き払って応えた。
「こんにゃろ〜〜……納得のいく説明してもらおうじゃない!」
「イルティーバ長老会議と我等が取り交わした契約では、屈強の刺客をさしむけてもらう約定であった。ところが派遣されてきたのは若いおぬしただひとり――失礼ながら、我等としては危惧せざるをえぬ」
「フン! ガキで悪かったな」
ユーミは憤然と吐き捨てた。マールズをねめつけるそのまなざしには、拭いがたい不信と敵意があった。
(だいたい一族の屈強な戦士たちを戦場で皆殺しにしたのは、おまえら帝国人じゃないか)
「が、おぬしの腕はしかと見届けさせてもらった。みごと実力をもって我等の不安を払拭してくれたな。非礼は詫びるゆえ、事情を理解して水に流してほしい」
「俺の腕を試すために、そのおっちゃんたちは捨て石にされたわけだ」
そこらじゅうにみじめで哀れな屍を晒すならずものどもに、ユーミは複雑な目を向けた。
(帝国の権力者なんて信用できるか。あいつらは強欲で陰険で利己的だ。おのれの野心のために民衆のささやかな生活を踏みにじって省みず、仲間も平気で裏切る。やつらは俺たちのことを魔海の蛮族と蔑むけれど、やつらのほうがよっぽど野蛮で残忍だよ! そんなやつら、絶対に信用しちゃダメだ)
ユーミはそう銘肝鏤骨した。そこで、ふと、ほんの数週間前にたまたま知り合った姉弟のことを脈絡もなく思い出した。
(そういや、あの子たちも帝国の貴族さまなんだよね)
小さなカールが可愛らしいほっぺを膨らませてブーブー云う姿がなんとはなしに心に浮かび、ユーミは覚えず苦笑した。
(あんたたちは別さ。帝国人でもね。だってダチだろ? 俺たち)
マールズの言葉がすぐにユーミを現実へ引き戻した。
「この場の始末は配下の者がする。おぬしには私と共に来てもらいたい」
「どこ行こうってのさ」
「我等が主のもとへ」
かなり上等な馬車に乗せられたユーミは、マールズと差し向かいで、お世辞にも居心地がいいとはいえぬ数時間を過ごさねばならなかった。着いた場所は、先にユーミたちがいたローゼルテ街城屈指の大都市バイテル市の郊外で、ローゼルテ宇宙港のそばにあるホテルだった。
「ここで二、三日滞在していただく」
「勝手にしてくれよもぅ……」
ユーミは投げやりに応えた。
待遇はきわめてよかったが、それはていのいい軟禁にほかならなかった。しかし今更相手方の意図をあれこれ穿鑿するのも不毛だったので、ユーミはひたすら結跏趺坐して練気の瞑想に努めた。魔力を高めるためである。
(もうすぐ――あの男にもうすぐ手が届くんだ。俺、ここまで来たよ……父さん……母さん……お兄ちゃん)
ユーミは己が魔操手(ラグラー)として未熟であることを自覚していた。ともすれば熾火のように心の奥底を灼く憎しみを鎮めねばならない。雑念は魔力の暴走をまねき、術者を時として死に至らしめるからだ。
しかし、復讐が遂げられるものならば、それもまたいいのかもしれないという危険な誘惑が、ともすればユーミを捉えようとする。
(いけない……心を鎮めなきゃ。しっかりしろ、ユーミ)
きっちり三日後、マールズがユーミの部屋に現れて云った。
「たいへんお待たせした。これより連絡艇で我が主の居城に赴く」
贅を尽くした趣味のよい広間で、二人の男が余人をまじえず酒盃を酌み交していた。
鏡のように磨きぬかれた黒曜石張りの床。周縁には、神話をモチーフにした雪花石膏(アラバスター)の彫像が安置され、流れ落ちる水のカーテンが壁のかわりに広間の四囲を仕切ってある。その人工滝のカーテンは、焼けつくような熱帯の日差しをやわらかに遮り、ちょうどよい按配の光が室内を満たしていた。さやさやと、かまびすしくない程度の水音もまた涼しげだ。
「流水の間と申されましたか? この広間は」
「うむ。これこのとおり涼をとるにはあつらえ向きだ。書見や執務も、書斎よりもっぱらこの部屋を使っておるよ」
「けっこうな別邸ですね。実に居心地がよい」
「当地は外苑でも赤道に程近い低緯度の地域ゆえ。フェルベリア大陸あたりの四季の明瞭な風土もまた趣があってよろしいが、私は常夏のこのあたりが好きでな。外苑に滞在中は、上屋敷よりもよくこの別邸を利用しておる。ささ、もう一献聞こし召されい」
「おっとっと。これは恭悦至極」
「ところでジン子爵……」
「はい?」
「昨今小耳にはさんだところでは、貴君の御領内にて、たいそう有望なティアニソス鉱石の鉱脈が発見されたとか。家運ますますの隆昌、まっことあやかりたいものですな」
「いやはや、伯爵閣下におかれてはあいかわらずお耳が早い。開拓もままならぬ過酷な環境でしてね。父祖の代よりうち棄てられていた星なのですよ。文字通り、思わぬ掘り出し物でござった」
「単刀直入に申し上げるが、事業化の節は、是非とも我が領国の商人どもにも投資の機会をお与えいただきたい」
「ははははは。さすがに抜け目のないお方だ。もちろんほかならぬテック伯爵のご依頼とあらば、いかでか無下にお断りできましょうや。諒解いたしました。必ず便宜を図るでありましょう」
「ご好誼かたじけない。方今、宮廷政治はなにかと物入りであれば、御身のような雄藩の当主が我等に同心してくださるのは、心強きかぎりだよ」
「なんのこちらこそ。皇帝陛下の覚えもめでたき閣下とこうして肝胆相照らすは、我等にとりましても無上の栄誉。今後とも昵懇にお付き合い願います」
「やれやれ、正直な御仁よ」
その時である。テック伯爵の秘書が現れて告げた。
「お寛ぎのところ失礼いたします。マールズ卿がお戻りになられ、御前様の引見を得たいとお待ちになっておられます」
「接客中である。待たせておけ」
しかしジン子爵が興味を引かれたようすで云った。
「マールズ卿ならば、私はかまいませぬ」
マールズはテック伯爵の懐刀とも呼ぶべき腹心で、伯爵の政略の機密に参与する者と見做されている。ジン子爵の申し出は、婉曲に隠し事はなしだぞと云っているようなものだった。しれっと酒盃をかたむけているジン子爵をちらり見て、テック伯爵は苦笑しつつ秘書に命じた。
「お客人があのように仰せだ。マールズを通すがよい」
ユーミがマールズに促されて入った部屋には、二人の男が待ちうけていた。彼等の額に刻印されたレンゼスの紋章。
帝国貴族たちの物珍しげな視線は不愉快であったが、ユーミは自制して仏頂面でいた。
「なんと、まだ子供ではないか。そのほうがイルティーバ族長の孫娘とやらか。名はなんと申す?」
「……」
長椅子に座ったままじろじろとユーミを品定めするように見つめる男たちを、ユーミは無遠慮に睨みかえした。
「なんだ。デクル・シューレ(帝国公用語)を解さぬのか?」
「ふん! 礼儀を知らねーヤツに名乗る名前なんか持ってねーもん。俺をナメんな! アホじじい」
マールズが慌ててユーミの袖をひっぱった。
「これユーミ嬢! 無礼なるぞ。こちらにおわす御方はな――」
「どこの何様だろうと知ったことか。俺は帝国人じゃないんだぜ? 俺の名が知りたきゃ、まずテメーから名乗れってんだ」
この傍若無人なユーミの物言いに烈火の如く怒るかと思いきや、貴族の男は呵々大笑しはじめた。
「なかなか面白い娘であるな。いかにも私から名乗るのが筋である。そなたは我が帝国の臣民でもなければ、私の禄を食んでいるわけでもない。心得違い、どうか許されい」
ユーミの挑発に乗らないどころか、なんとその貴族は立ちあがってユーミに一礼までした。自尊心ばかり過剰で能無しというユーミが抱いてきた貴族像とは、いささか違うようだ。
「私はゼラン連合帝国光禄卿(宮内庁長官)、テック伯爵である」
(なるへそ……さすがに宮廷の権力闘争を勝ちぬいてきた古狸ともなると、そこらへんの放蕩貴族とは一味違うってワケ。んでも、ムカつくことにゃかわりないけど)
「俺はイルティーバのユーミ」
ユーミは簡潔に応えた。
「ではユーミ。時が惜しいゆえ、契約の件について話そうではないか。すでにそこのマールズから説明があったと思うので、概要は把握しておるな」
「うん。まぁ」
「厄介なのは、暗殺の標的が手だれの近衛騎士どもに護衛されておることだ。そなた、いくらか魔法を使うそうだが、忌憚なく申してどうか? 近衛騎士どもに後れを取らぬ自信はあるか?」
ゼラン近衛騎士団。彼等の卓越した戦闘力は伝説的ですらあり、コルトナイドに並ぶ者なしと四隣に畏怖されている。それもうべなるかな、そもそも騎士団創設の目的は魔法使いの根絶にあったのだから。創設者は第六十七代封魔帝リンゼル七世と正史に伝えられ、魔法使いに対抗するために、さまざまな禁忌のわざによって肉体を生ける戦闘機械へと変化しおおせた者たちが、すなわち近衛騎士なのだった。
「そんなもん……やってみなきゃ分んないね」
「仕損じられては困るのだ。より完璧を期すべく、当方でも標的の警護が手薄になるよう調略を仕掛けるなり、動向を精査するなりしてみる。マールズ、よいな」
「御意」
「仕物が首尾よくいった暁には、くだんの密約――ランザーヌ星系割譲と自治権認可の件、私の名誉にかけて朝堂へ諮り、実現へ尽力する所存だ」
「難しい話は俺パス。そーゆーんはウチの長老さまたちとしてよ」
「よかろう」
テック伯爵がテーブルの上に置いてあった呼び鈴を取って鳴らした。流水の間に入ってきてかしこまった従僕に命ずる。
「遠見の水晶球をこれへもて」
やがて、従僕たちが台座に載せた水晶球を運んできて、テック伯爵の前に恭しく置いた。房つきの紫袱紗を下に布いたそれは、たえず七色に色調をくるめかせ、一見してかなりの力を秘めた魔法具かと感じさせる逸品であった。
テック伯爵は水晶球に手を翳して目を閉じると、何事か念ずる様子をみせた。すると水晶球が輝きを増し、内部にもやもやと像が浮かびあがった。
「見よユーミ。これがそなたの獲物だ。この男の顔を忘るまいぞ」
ユーミは水晶球を凝視した。亜麻色の髪をした優しげな顔立ちの青年がそこに映しだされ、暢気に微笑んでいた。
「ユーキ・アーファン・ゼルティア子爵……」
ユーミはその名を絞り出すようにして囁いた。無邪気な愛嬌が見る間に失せ、ユーミの顔は憎悪と懊悩の陰に染めあげられていった。
(こいつが……こいつが、俺から全てを奪った男)
ユーミの故郷、平和だったランザーヌを蹂躙して灰燼に帰さしめ、部族の民ほとんどを虐殺して、イルティーバを流浪の民へと追いやり、塗炭の苦しみをもたらした張本人。
(許さない……きさまだけは絶対に許さないぞ……)
総兵統帥府――大帝国ゼランの強大な軍事力を統率する最高機関である。
ニーブレン星系第四惑星《内苑》にあってもひときわ巨大なその官衙は、大気圏外からでも肉眼で視認できるほどだった。全貌を視野のうちに納めるには、それこそ遥か天空から鳥瞰せねばなるまい。魔方陣を擬して配置された殿宇は、一辺が五〇〇モイヤールもあらんかというもので、快闊豪放な気質で知られた三十四世紀の皇帝ヴァルカード一世をして、「無用の長物なり」と云わしめた規模である。
その総兵統帥府の一角、宇宙艦隊総司令部がおかれている辺りでのこと。
「まったく……あの方はどこで油を売っておいでなんだか」
作戦会議をすっぽかしていなくなった上官の姿を求め、エルベートが早足で歩いていた。
「おい。エルベート」
「ん? やぁ――君か、シムク。久しぶりだな」
人気のないだだっぴろいホールでエルベートを呼びとめたのは、騎士団の僚友シムク卿であった。
「いやぁ、ちょうどいいところで会った。天佑我にあり」
「? ――何を云ってるんだ君は?」
「卿に折り入って頼みがあってね。心がけて連絡を取ろうと思っていたんだが、御用繁多で先月から掛け違っていた」
「今やお互い校尉の身。気儘な騎士見習いの頃のようにはいかんさ。で、私に用というのは何だい?」
「今夜あいてるか?」
「いや。上官が出征間近く、幕僚も待機なんだよ。殊に私は司令官付副官だから公邸詰めになる。すまんが、ちょっと難しいかな」
「ん〜。どうしてもダメか?」
「理由如何にもよるが……」
シムクはエルベートを拝む仕草をした。
「頼むつきあってくれっ。これこのとおり」
「つきあうって、何処へだ? 何のために?」
「ソレル街城、《兎爆弾》亭……以前、卿が行きつけの店だと云って俺たちを連れていってくれたあの料理屋だ。理由は……察してくれよ」
「《兎爆弾》亭だって? なんでまた」
「それは……」
「――まさかあそこの看板娘のエミナちゃんに想いを懸けている、とかなんとか云いだすんじゃないだろうな。ははははは」
それはエルベートにしてみれば、気のきいた冗談のつもりであった。
「惚れてしまったものはしょうがないだろう! 人が真剣に頼んでるのに茶化すなよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。本気なのか?」
「俺は本気だ」
シムクは身じろぎもせずエルベートを見据えた。そのひたむきな瞳に会っては、さすがに忖度せざるをえない。
戦乱が日常的な時代にあって、兵馬倥偬のなかに生きる武人である彼等にとり、死は常に身近な現実である。それゆえか、武門の精華であるところの騎士たちには、恋愛に対してかなり情熱的で真摯な傾向が見られた。
「あの子は町方の娘だぞ。そして君は帝国騎士だ。身分が違う」
「卿からそういう教条的な意見を聞かされるとは思わなかったな」
「それもそうだが……君が本気なら安請け合いもできないなぁ」
「卿を友と見込んで頼む。仲をとりもってくれ」
「……」
エルベートはため息をひとつついて、首肯した。
「わかったよ。だが、今夜はだめだ。私事で公務をおろそかにすることはできんからな。いずれ近日中に時間をつくる。それで納得してくれるか」
「分かった。恩に着るよエルベート」
エルベートはシムクの背中を親しみを込めてどやしつけた。
「礼を云うのは気が早いさ。見事彼女を落してから一杯奢れよ」
「しかし出征間近とはな。卿はどこの所属だ?」
「ルディオローナ鎮守府、ノイザー方面艦隊だ」
「あ――ゼルティア子爵殿下のところか」
「そう。お役目を等閑に付すわけにいかない理由を分ってくれるか」
昨今の政局を鑑み、ユーキ・アーファン・ゼルティア子爵の身辺警護には特に万全を期すよう、とあるかしこきあたりから騎士団上層部に内旨があったことは、シムクもそこはかとなく承知していた。
「ちょっと待ってくれたまえよ。僕にかこつけられたんでは寝覚めが悪いじゃないか、エルベート」
その唐突な声は、二人の騎士をそうとうに動転させた。
「ゼルティア子爵殿下!?」
見れば、ホールに置いてあるソファーの陰から、ユーキが顔を覗かせていた。エルベートは呆れて云った。
「いつからそこにおいでになったのです?」
「いつからと云われてもなぁ。人がいなくて静かだったもので、ここで横になって昼寝をしていたんだが。なんだか僕の名前が取り沙汰されているじゃないか」
ユーキは上半身を起こすと、ソファーの上で胡座をかいた。
「まぁ二人ともこっち来て座りなよ。委細を僕にも聞かせたまえ」
「なるほどな〜」
エルベートとシムクが事情をかいつまんで語ると、ユーキはおおいに興味を示して云った。
「エルベート卿。今宵の当直はいいから、シムク卿につきあってやれ」
「なりません。それではお役目が果たせません」
エルベートは言下に拒否した。ユーキは苦笑した。
「仕事熱心だなぁ、君は。でも僕の命令ということなら不都合はなかろう」
「服務規定の適用範囲外であると判断いたします。よって拒否権を行使させていただきます」
「ん〜……どうやら不幸な見解の相違があるみたいだが。君はなかなか頑固者だから、一朝一夕に歩み寄ることはできんのだろうね」
ユーキは腕組みして考えこんでいたが、にわかにポンと手を打った。エルベートはイヤな予感がした。
「ではこうしよう。僕がシムク卿といっしょに、その料理屋へいくことにしよう。君は僕についてくるといい」
「な、なんですって!? 殿下がソレル街城ヘ!? 冗談じゃない。おやめください!」
「僕のプライベートな行動を掣肘するのは越権行為というものだぞ、エルベート君」
ユーキがにやりと笑った。
「忍びの夜遊びもたまには一興。ということで二人とも。今夜の作戦に関しては厳重に緘口令をしく。さぁおもしろくなってきたぞ」
ユーキはこの時十九歳。戦場の用兵では冠絶する天才ぶりを発揮する若き名将も、こういうところは年齢相応に頑是無いというべきか。
エルベートは天を仰ぎ、シムクは事の成り行きに困惑を隠せずにいた。
「覚悟を決めろ、シムク。この御方は言い出したらきかないんだ」
エルベートがシムクに耳打ちする。
「殿下に万が一のことでもあれば、我々の責任問題だけじゃすまないからな」
「なんてこったい……」
薄暗い書斎。ランプの明かりに照らされて、ふたつの人影がゆらめく。
「よいか、マールズ。ゼルティア子爵襲撃は、あくまでも子爵に怨恨を抱くイルティーバ族の残党の仕業ということにせねばならぬ。かまえて我等の存在が表沙汰になることなきよう万全を尽くせ」
「心得ております」
「子爵暗殺を仕損じた場合、あのイルティーバ族の娘も早々に消せ」
〜続く〜