光と闇の海の果てに

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〜第1話 邂逅(3)〜

「索敵オーヴにアストラル・レシェット反応あり。本艦進行方向俯角六〇度、相対距離およそ四七〇光秒」
「幽星力波形、解析せよ」
「識別あたわず。ただ今をもって第二警戒態勢に移行」
「検索結果でました。艦形、質量照合。メルホーン級駆逐艦であります」
「フォルト艦隊ですな……」
「数は!?」
「約三〇〇〇」
「天翔図だせ! 早く座標を割り出さんかっ!」
 宇宙戦艦の自律思念中枢であるところのエステルド・オーヴに投影される立体天翔図。敵性体を示す多数の赤い輝点が、ゆるやかなテンポで明滅しながらゆっくりと拡散していく。
「艦隊司令部に送信! 我、敵艦隊発見せり!」

 ギーテロイア座航路――推定全長およそ三〇万光年、七万におよぶ魔工天体群を中継するこの航路は、蒼海銀河と水晶星雲、二つの巨大銀河を結び付けるゼラン連合帝国の幹線時空路のひとつである。このギーテロイア座航路の防衛を主任務とするのが、ローズ・セファート中将率いるナーセルグ方面宇宙艦隊であった。
 敵艦隊による領宙侵犯の報がもたらされたのは、隣接するウィルグ方面の情勢緊迫化によって、ナーセルグ方面艦隊が哨戒を厳重にしていた折も折である。
「駆逐艦ばかりの編制じゃと? どうりで船足が速いわけよの」
 フォルトの艦隊が出現したのは、ちょうど蒼海銀河と水晶星雲の中間に位置する辺りで、帝国軍の哨戒網を避けるために未知の泡空間(ボイド)をつっきり、大きく迂回してきたものと考えられた。
 彼らの狙いは蒼海のゼラン勢力の孤立化であろう。問題はその作戦規模だ。ナーセルグ方面艦隊の牽制にとどまるのか、ギーテロイア座航路制宙権の奪取にまでおよぶのか……フォルト・ユニオンの最終的な目標の所在がいまひとつ不明であるため、判断を下しかねるところだった。
 白髭をたくわえた老提督はしきりに首をひねる。
「敵が寡勢すぎるわい。誘兵であろうか?」
「エステルド・オーヴは埋伏を警告しておりまする」
 作戦参謀が云った。
 太古の昔に栄えたという伝説の魔法文明コスメテル・リーフラート。その失われた技術の精華のひとつ、念操宇宙戦艦には、それぞれ疑似思念が宿るというエステルド・オーヴが存在する。《知恵の宝珠》すなわちエステルド・オーヴ――これは、飽くなき征服を繰り返し、数億年ともいわれる星霜を戦争に明け暮れた魔法帝国の戦いの記憶の泉でもある。
「とまれ、いってみぬことには方策もままなるまいて」
 セファート提督は天体要塞キルザリスに駐留する艦隊を率いて出撃し、途中、各泊宙にいた軍艦やら遊弋中の味方艦隊やらを糾合しつつ、フォルトの駆逐艦隊が現れたという宙域に急行した。
 ナーセルグ方面艦隊は艦艇五〇万隻という強力な陣容を誇り、アゼール鎮守府に所属する七つの宇宙艦隊の中でも最大の規模を有していたが、なにしろ守備を担当する宙域があまりにも広大だ。このため、さしもの大兵力も分散配備を免れず、この時、セファート提督の指揮下にあった戦力は一〇万隻ほどであった。
 フォルト・ユニオンの艦隊は二万隻ほどに増えていたが、なにしろ駆逐艦ばかりという偏った編制だ。
 戦闘艦や重巡航艦に搭載された魔光子砲はタキオン兵器の一種であるともいわれ、その有効射程は最大一〇〇〇光秒、およそ三億モイヤールにもおよぶ。駆逐艦に標準搭載された反物質砲や加粒子砲の射程の実に五倍である。戦闘艦や重巡航艦を擁するセファート艦隊は、アウトレンジから無傷でフォルト艦隊を覆滅しうるのだ。
 フォルト艦隊は、セファート艦隊の有効射程外ギリギリの相対距離を保ちつつ、いくつかの密集した紡錘形陣を形成して散開している。
 セファートはこれに対し、艦隊を八字形に配置して敵と対峙した。古い兵法でいう雁行陣である。

「参謀長。敵の布陣、どう見る?」
 ローズ・セファートは幕僚ほか分艦隊の提督たちを招集して軍議をひらいた。
 両軍がにらみ合う宙域は、小天体と星間分子からなる雲が処々に厚くわだかまり、プラズマの嵐がかなり広範囲に観測されていた。伏兵を置くにはもってこいの霄勢である。
「索敵オーヴが捕捉した二万隻のみということは考えにくいですな。魔法兵器の耳目が届かぬ宇宙の深淵に、敵の主力がじっと息をひそめているのではないかと愚考いたします」
「誘兵とみせかけて我らの注意をひきつけつつ、ギーテロイア座航路の手薄な箇所を衝いてくるやもしれません」
「ユニオンに先手を取られるのはおもしろくないのう」
 帝国軍に十分な戦力があれば受け身の戦もよかろう。だが現在、ゼラン連合帝国は、四つの銀河にまたがる広大な版図の各所で頻発する叛乱に手を焼いていた。雪華のトルキア王国やバルトリンゲン帝国、魔海の炎樹連邦などといった列強諸国とも恒常的な戦争状態にある。そして今、彼らが戦おうとしている相手は、ゼランに匹敵するであろう底知れぬ国力をそなえた星間国家なのだ。小規模な叛乱軍や海賊を討伐するというようなわけにはいかない。
 万が一、ここでナーセルグ方面艦隊が潰滅するような事態にたち至れば、帝国は坂道を転げ落ちるように瓦解しかねないだろう。京師の奥深くにあって政争に血道を上げ、外交をおろそかにしてきた朝堂の大臣たちは、果たしてこの危険に気づいているものかどうか。
(兵力の損耗は極力避けねばならぬが……さて、どうしたものか)
 死なないように戦えと命ずるわけにもいかない。兵の心にわずかでも怯惰が生ずれば、軍隊は脆い。
「よし。しかけるかの。まず正面の駆逐艦隊を殲滅する。敵の主力をひきずりだしてくれよう」
 諸将が勇みたつ。
「中将閣下。何卒それがしに御先陣の下知をたまわりたい」
「あいや待たれい。貴殿は左翼の指揮官ではないか。ここは私にまかせていただこう」
「セファート閣下。私めにお命じください。必ずやフォルトの者どもの心胆を寒からしめ、帝国の武威を知らしめて御覧にいれます」
「ふむ。それではバルホーン提督とエルクラン提督、おぬしら、前衛の指揮をとれ」
「はっ!」
「おまかせあれ」
「前衛の攻撃が始まったら、ムーベル提督とケルヴィン提督はそれぞれ麾下の艦隊を率いて、後方より急速離脱。そうさの、五〇〇光秒がほども距離をとったら、時空跳躍にはいれ。敵背後のボイドに出て機関停止、そのまま沈黙せよ。よいか、このあたりに重力潮流がある。それに乗れ。流れに身をまかせるのじゃ。時空跳躍の座標を誤まつでないぞ」
「通常空間でよろしいのですな?」
「さよう。亜空間にとどまってはならん。敵に気取られぬよう、すみやかに気配を絶つのじゃ。本隊との念信回路も閉じる。魔光子砲の砲火をもって合図を出すゆえ、光学望遠によってなんとかこれを探知せよ。できるか?」
「やってみましょう」
「やってもらわねば困る。演習の成果を見せぃ」
 セファート提督は、精鋭を育て上げることに関して定評がある。一時は査閲総監にと望まれたのだが、その手腕を惜しんだ帝国宇宙艦隊司令長官クラウデュース元帥が、セファートの異動に難色を示したといわれている。
 奇策をもって敵を幻惑するユーキ・ナグラス伯のようなタイプではなかったが、その用兵は堅実で粘り強く、老練の一語に尽きた。
 彼は平民の出ではあるが、皇帝の信頼も厚い帝国軍の重鎮だった。なにせ軍歴が抜群に長い。兵卒からの叩き上げで大艦隊を指揮する提督にまでなったローズ・セファートは、エタール三世からカールリート五世まで五代の皇帝に仕えたことになる。この間じつに標準暦にして百年以上という歳月だ。これはクラウデュース元帥や軍令部総長セートレード元帥、ガストリア大公ベルア予備役元帥らに並ぶものだった。
 矍鑠たる老武人の胸に燦然たる輝きをはなつ神武帝十字勲章は、帝国元帥たちの五芒星大勲章に次ぐものである。
 もしセファートが貴族の出自であれば、総兵統帥府に元帥として名を連ねていたことであろう。ゼランではしばしば、能力以上に門地や縁故がものを云うのである。是非もないことだった。
 セファートはべつだん魔法使いでもなければ、エルフなどの長命種というわけでもない。亜光速で大宇宙を駈け巡る軍艦乗りは、星の地上で暮らす人々とは時間の流れ方が違うのである。したがって古兵のなかには、標準暦で数世紀を生き抜く者もまれにいる。時空跳躍をともなわない航海の場合、感覚的には数週間でも、地上に帰還してみると何年も閲していたという話はざらであった。
 さらにいくつかの細かい指示を諸将に下し、セファートは締めくくった。
「これより標準時にて八時間後、作戦行動にはいる。各々手抜かりなきようにの」

 航海日誌に記される帝国標準時とは、帝都ニーブレンの――より厳密には《京師》と呼び做される皇宮域の日付時刻である。
 その帝国標準時ルナースの月(七月)三日十五時。
 バルホーン准将配下のナーセルグ方面第一七艦隊とエルクラン准将配下の同第三五艦隊が前進を始めた。ゼラン側の初動戦力はざっと三万隻。
 三〇〇モイヤールを超える巨大な軍艦が艦列を連ね、どんどん加速度を増して慣性航行に乗る。
「索敵オーヴに一〇〇〇隻ほどの艦影。雲海の中です」
「ふん。遊撃か。捨て置け。我らは正面敵艦隊を撃滅いたす」
 雲海にひそんだ一〇〇〇隻から二〇〇〇隻ほどの集団が幾度か横撃を試みてきたが、帝国軍はこれを難なく蹴散らし、フォルト艦隊の散艦陣を射程にとらえた。
「全艦砲撃戦よーい」
 艦橋にとびかう将校たちの声。
「エーテル理力抽出開始ィ〜」
「魔力相転移水準異常なーし」
「魔光子砲換装作業完了。照準固定よし」
 わずかな、しかし緊張の間……前衛部隊の数億人の将兵が、二人の指揮官の次なる一言を固唾を呑んで待ちかまえた。
 艦体の至るところに武装を施して、針鼠のような戦闘形態を虚空に浮かべる無数の戦闘艦や重巡航艦。そのなかでもひときわ剣呑そうな、ルーン紋様をちりばめた巨砲の先端に、魔力が顕在化した光の粒子が徐々に収斂して輝度を増してゆく。
「撃てーーっっ!!」
 圧倒的な光の奔流。時空そのものを切り裂くように突き進む無数の凶暴な魔光の矢。といっても、およそ一〇〇〇光秒という距離をへだてて展開される壮大なスケールの攻防なぞ、到底生身の人間に視認できうるレベルの現象ではない。艦橋の中空に浮かぶエステルド・オーヴが映し出す立体幻影には、射線周辺の敵艦が次々に爆散してゆくさまが見えた。
 小惑星超級の質量を有する戦闘艦でさえ、この決戦兵器の使用には、姿勢制御のためエステルド・オーヴにかなりの負荷がかかるのだと錬金術師たちはいう。事実、しばし余韻のごとく艦体が鳴動してやまなかった。
 宇宙空間は無音の世界である。真空には波を媒介する物質が存在しないのだから。その時の地鳴りのような響きは、広大な軍艦内の空気が震えているためであろう。
「敵に陣形再編の隙を与えるな」
 フォルト・ユニオンの駆逐艦隊は、それでもなお、射線の間隙を縫って果敢に突貫を試みる。
 かなりの損害を出したのち、フォルト艦隊は一〇隻ほどの密集した集団を組み始め、やがてその周囲に、ぼんやりと青白い光膜と呪紋様が浮かび上がる。いくつかの砲光線はこの可視光膜にはじかれて軌道を四方八方に捻じ曲げられ、霧消した。
「重層結界か!? 猪口才な」
 帝国軍の二次弾幕を突破しはじめたフォルト艦隊が、各所で雷撃戦を展開しはじめた。

 三日十八時。
 帝国軍後方に布陣していたムーベル准将配下のナーセルグ方面第六艦隊とケルヴィン准将配下の同第二六艦隊が、予定通り離脱を開始する。
 前衛の砲撃戦の波動の影響で、索敵オーヴはきわめて感度が悪い。この動きを敵が知るのは困難をきわめるだろう。
 この頃、両提督の艦隊に先行して、斥候任務のため約六〇〇隻ほどの偵察艦が亜空間に潜航していた。
 亜空間――幽星体(エーテル体)と呼ばれる不可思議な存在に満たされたこの世界は、古くは精霊界とも呼称されたという。魔法学的には幽星界などと呼ばれ、この影の世界に充満する理力こそ、さまざまな魔法兵器の力の源であるとされる。
 が、かんじんの魔法使いたちも、その深遠な摂理を知悉するには程遠いという。最高の魔法使いであるところの魔道師(ウィザード)でさえだ。況や魔術士(ソーサラー)や魔操手(ラグラー)においてをや。
 古い言い伝えによれば、太古の世界には、魔道師を遥かに凌駕する力をふるった魔召史(メイジ)なる魔法使いや、その魔召史をも凌ぐという高位魔法使いが存在したとする説がある。仮にそのような者たちが実在したとするならば、この亜空間の蘊奥にも幾許か通ずるところがあったのかもしれないが、むろん真偽は知るべくもない。
 閑話休題――
 亜空間における外界探知は、全面的に索敵オーヴ――索敵オーヴというのはゼラン人が便宜的に付けた通称で、正しくはマナーゼ・オーヴという――に依存することになる。通常空間とは異なる物理法則が律する世界で、光学器機など使い物になる道理もない。
 その索敵オーヴから、ゼランの僚艦を示す青い輝点が次々と消失してゆく。斥候部隊は恐慌に陥っていた。
「なんなのだ! いったい何が起こっているというのだっ!?」
 至近に敵の姿は認められない。というか、数百もの偵察艦が相乗して網羅する探査圏をかいくぐって奇襲をかけるということは、通常空間における超遠隔攻撃をべつにすれば不可能に近い。
「艦長! 近海の幽星体密度が尋常ではありません!」
 経験豊かな航海士であるその男は、冷や汗をながしてつぶやいた。
「くそ! 舵がきかねー……これほどのエーテル嵐は初めてだぞ。魔海の裏海あたりよりひでぇや」
 それは、想像を絶する高エネルギー幽星体の対流であった。
 未開拓の航路とはわけが違う。ここは帝国の幹線時空路のひとつなのだ。これほど悪条件の宙象はかつて観測されたことがない。
(天空省の能無し役人どもが……ちゃんと仕事をしやがれってんだ)
 心の中で毒づく航海士。悪態の鉾先は航宙情報を管掌する天空省の役人たちに向く。前線の兵士と後方の官僚は伝統的に折合いが悪いのであった。
 副長が艦長に進言している。
「このままでは本艦も危険です。いったん通常空間に退避しましょう」
「ええい、やむをえん! 通常空間へ浮上せよ。僚艦にもその旨連絡しろ」
 そして彼らが通常空間に姿をあらわした刹那、索敵オーヴが悲鳴をあげて緊急事態を知らせた。
「敵ですっ!!」
「なんてこった……いったい何隻いやがる」
 暗黒の宇宙を埋め尽くすかと思われるほどの大軍。索敵オーヴがはじきだした敵戦力は、推定一二〇万隻。
 艦長が悲壮な面持ちで命を下した。
「至急僚艦に連絡だ。一隻でもいい……なんとしても逃げ延びて、本隊に知らせねばならん」


 フォルト銀河星皇ユニオン蒼海派遣艦隊総旗艦、戦闘艦ベイトローデ。
 ちょうど露台のように艦橋を見下ろす位置に張り出した司令柳営では、幕僚らしき者を相手にして、恰幅のいい壮年の男がシエルティグ将棋に興じていた。
「これでレスト・セダー(王手)……ふっふっふ。どうだタルガット、儂の勝ちだぞ」
「これは……恐れ入りましてございます。いや、さすが殿下はお強うございますな。私ごときでは到底敵い申さん」
「ははははは。もう一局いくかね? ――これ小姓。珈琲をいれてまいれ」
 その時、将棋盤を置いた木目の艶やかな円卓にすっと影が差した。銀製の駒を並べる手がふと止まる。恰幅のいい男は、気配を感じさせずにおのれの側らに立った人物を見上げて、それまでの上機嫌が嘘のように露骨に嫌悪感をみなぎらせた。
「なんだ軍監殿。なにか用か」
 黒ローブの上に黒マントを羽織るという黒ずくめの姿がそこにある。フードを目深にかぶっているため、その表情は窺い知れない。
 黒ずくめの人物が嗄れた声で云った。
「皇弟殿下。そろそろ亜空間への潜行調査に入りたいのですが」
「ああ、さようか。では軍監殿のよろしきように取り計らわれるがよかろう」
 侮蔑のこもった壮年の男のいらえ。
「古今無双の名将であられる殿下のこと、このようなこと申し上げるまでもないとは存ずるが」
「何か? 申されよ」
 皇弟ジャームリン大公は苛々して、額に青筋をうかべていた。
「先刻、我らが陣中へ闖入してまいった敵艦の始末、抜かりはありますまいな」
「云われるまでもないわ! 軍監とは申せ、貴公は戦については素人であろう。采配に関して、門外漢は黙っておれ!」
「千丈の堤も蟻の穴より崩れるというたとえもございます。ことに敵将は老巧な男であるとか……どうか足をすくわれることのなきよう」
「フン……この儂が、くたばりぞこないの老いぼれに後れをとると思うてか。――おっと、これはべつに貴公への当てつけではないぞ、軍監殿」
 つと、もう一人べつの黒ずくめの男が、軍監と呼ばれた男の後ろに寄り、
「アルゼン様……」
 何事か目配せした。
「うむ。すぐ参る。――では皇弟殿下、潜行調査への御協力よしなに願いますぞ」
「あーわかったわかった」
 ジャームリン大公は面倒くさそうに云うと、早くあっちに行けとばかりに手を振った。
 馬鹿丁寧に一礼して退りかけた黒ずくめの軍監だったが、ふと立ち止まって念を押した。
「これまた言わずもがなのことにて恐懼のきわみなれど、このアルゼンめは、かしこくも星皇ロイゼラール陛下の御意向を受けて《聖廟》探索の任にあたっておるのです。どうかそのあたりをお含みおき下されますよう。失礼」
 ジャームリンの顔がみるみる赤くなる。
 軍監アルゼンが去った後、ジャームリンは円卓を蹴飛ばして仁王立ちになった。将棋の駒が床に散乱して派手な音をたてる。
「おのれ……虎の威を借る狐め! 陛下の寵遇をかさに着おって、こともあろうにこの儂に、皇弟大公にして大司馬たるこの儂にむかって何たる口のききようか!? 僭上はなはだしいにも程があるわ!」
 握り締めたこぶしがわなわなと震え、興奮のあまり肩がおおきく上下した。
 余談だが、フォルト・ユニオンでは宇宙艦隊の司令官を提督とは呼ばない。宇宙空間を海に見立てるゼラン人のような思想が希薄なためだ。四十一世紀の著名な史家であるレウベーニ学士院のライディオス博士は、「ゼラン建国帝は海洋民族として興隆したリムリーヤ人の末裔であり、フォルト開元の太祖は騎馬民族の流れを汲む」ゆえではないかと論評している。
 シエルティグ将棋の相手をしていた男――総参謀長タルガット将軍が、やれやれといったかんじで憤慨する大公を宥めた。
「まぁまぁ殿下、軍団を掌握しているのは我らなのです。彼奴が何を企んだところで、いかほどの痛痒がありましょうか」
「まったく……兄上の酔狂にも困ったものだ。本国に凱旋したら、一度お諌め申し上げねばならんな。魔道師だかなんだか知らんが、あのような下賎の者どもが我ら皇族や譜代の諸侯をさしおいて、傍若無人にも国政を壟断いたすとは。嘆かわしいことよ」

 巨大な円蓋状の空間のなか、縦横無尽に差し渡された架橋が幾重にも立体交差している。眼下には、まるでどこぞの自然豊かな星の地表であるかのよう錯覚させるがごとく、美しい森や湖が遥か彼方までひろがり、そこが宇宙戦艦のなかであることを一瞬忘れさせる。天井の円蓋そのものに採光のしくみがあるものとみえ、やわらかな光が随所に斜めから射し込んで、湖水を優しく照らしていた。
 しかし、そのようなものに別段心を動かされるでもなく、ふたつの黒い姿は、架橋上を走る自動通路に身をゆだねていた。
 やがて森の中に頭をだす四角錐のような構造物が見えてくる。
 ふたりはそれぞれ手で印を結ぶと、囁くように呪文を唱えた。ふわりと体が宙に浮く。そのまま架橋の上から黒マントをなびかせつつ降下していき、四角錐状の構造物の前にゆっくり着地する。入口へ通ずる階段があって、二人は黙って中へ入っていった。
「これはアルゼン様。お待ちしておりました」
 同じような黒いいでたちの人物がアルゼンらを出迎えた。
「六つ目の鍵穴が見つかったのか?」
「いいえ。しかし、この辺りの宙域に微かな反応がございます。御覧ください――《ティゴリヤの瞳》が感知いたしました」
 そこは、おおきな回転儀(ジャイロスコープ)のようなものがたくさん安置された部屋で、黒ローブに黒マントのかっこうをした者が数名、何やら作業に没頭していた。映像の窓が空間中あちこち無造作にひらいており、映しだされる複雑な魔法陣が休むことなくルーンの組み合わせや配置を変化させている。
「ケルトラ遺跡文書によれば、このあたりで間違いないはずなのだ。《聖廟》イフェルヘ至る次元扉……残る鍵穴はあと二つ。なんとしても見つけ出せ」
「御意」
 魔道師アルゼンは回転儀のひとつを凝視した。
(裏切者のエルフども……今度こそ逃しはせぬぞ)


 四日二時。
 フォルト艦隊の攻勢を凌いだエルクラン分艦隊が、敵を圧迫しつつあった。
(両翼の参戦を待たず、このままいけるか?)
 あと一歩押し込めば敵は潰走に転ずる――そんな感触を得ていた時、にわかに敵が踏みとどまった。
「エルクラン提督、敵の新手です」
 巡航艦を中心に編制された重装打撃艦隊のもようである。攻勢の急変化に対応しきれず、帝国軍の最前線が四分五裂のありさまとなる。
「なんたるざまか! 第一段を下げろ。第二段投入せィ! 戦線を立て直すのだ!」
 叱咤して督戦するエルクランであったが、ひそかに後退の機を測り始めていた。
(……これはセファート閣下の策が当たるかな)

 四日五時。
 フォルトの圧力を支えかねたバルホーン提督の第一七艦隊とエルクラン提督の第三五艦隊がじりじりと後退する。これは巧妙に付け込みを誘う擬態であった。前段階において敢えて乱戦に持ち込んだのは、そのための布石である。フォルトの指揮系統を攪乱するためだ。
 フォルト側の指揮官にも高名なアプレンス将軍などの良将がいたが、激甚な攻防直後の無秩序を急速に回復するにはいたらず、功に逸ったなん百隻かの馳突をゆるしてしまう。こうなればもはや騎虎の勢い――如何ともなしがたい。
「それ退けっ!」
 鬩ぎ合う二つの拮抗した力。一方がにわかに消滅すれば、当然もう一方は前にのめり出る。
 バルホーン、エルクラン両艦隊によって誘い込まれたフォルト艦隊に、満を持して待機していた帝国軍左右両翼が襲いかかる。後退していた前衛艦隊もこれに呼応して反撃に転じた。この瞬間、半包囲網の完成である。
「撃滅せよ。一隻余さず沈めてしまえ」
 時ならぬ驟雨のように、暗闇を疾駆する光の軌跡。帝国軍の魔法兵器はそのおそるべき威力を遺憾なく発揮し、フォルトの軍艦を宇宙の塵へと変えていった。一隻あたり数万という人命もろともに……

 四日九時。
 大勢は決した。
 この会戦におけるナーセルグ方面艦隊の損害は、

 轟沈 二八六二隻
 大破 一五〇七隻
 中破 五六六三隻
 小破 一万二〇〇八隻
 戦没者・行方不明者 およそ一億四〇〇〇万名…… (帝国兵部省発表)

 対するフォルト側であるが、損害を公表しなかったため不詳である。が、少なくとも三万〜四万隻の艦艇が失われたもようだった。
 掃討戦に移行しようとしていた帝国の諸提督が、俄かにセファートのもとへ呼び集められた。すわ何事かと連絡艇で旗艦へと駆けつけた提督たちに、老セファートが難しい顔で告げた。
「ムーベルのやつが敵本隊を見つけおったわい。一〇〇万隻を超えおるらしい」
「なんと……」
 戦捷の余韻もふっとばす、鉛のような重圧感。
「これからが正念場じゃのぅ」


〜続く〜
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