光と闇の海の果てに

第1話(1) INDEX 第1話(3)

〜第1話 邂逅(2)〜

 森の中――樹齢幾千年ともしれぬ大樹が苔むした幹をいくつも屹立させている、そんな幽玄の気におおわれた太古の森。
 いま、この森の奥深きへ敢然と分け入る一団がある。が、あゆみは荏苒としてはかどらず、一行のゆくての叢生はいつはてるともしれなかった。
 ふいに、一団の先頭辺りにいた女が立ち止まり、鬱蒼として枝梢がかさなりあう天を仰ぎ見た。
「どうしたぃ? ルーサ」
 横を歩いていた虎髭の大男が女に声をかけた。
「ち! ま〜た始めやがったわ」
 わずかに垣間見える空をにらめつけて、女は吐き捨てた。
 うしろに続く、見るからに屈強そうな無頼の風体の男たちが、不安そうに上を見上げる。ほどもなく雲ひとつない蒼穹に正視しがたい烈光が閃き、恰もみなもにひろがる波紋のように、円環状に拡散してはじけた。すこし遅れて、雷霆すらをも凌駕する轟音がとどろきわたり、大気と大地をビリビリと震撼させた。
 手下とおぼしい男たちのひとりが、女――ルーサーリアにおそるおそる云った。
「ルーサの姐御、あんなのが地面に落っこちてきたら……」
 ルーサーリアにかわってこたえたのは、一団の頭目らしき虎髭の大男だった。
「なーに、心配はいらねぇ。やつらは星の結界に穴ぽこをあけようとしているだけだ。加減を間違えて星をキズモンにするよーなへまはするめぇ」
 広大な宇宙にあって生命活動が可能な環境を天然自然にそなえる天体は、砂漠に紛れたひとつぶの砂金さながらに稀少である。そして、宇宙を往来する者たちは、痛いほどに命の星の貴重さ、ありがたみをわきまえている筈だ。
「だいいちおめー、連中が本気で艦砲射撃をはじめたら、この星どころか星系そのものが一瞬でこっぱみじんにふっとんじまわぁ」
 はるかな天空の彼方に、ちいさな白点がいくつも翳んでいる。ルーサーリアはこれを見ていまいましげに云った。
「まさか、ここからも望めるとはね……あーもう! うざったいったらありゃしない!!」
「おめーは官憲が大ェ嫌れーだかんなー、ルーサ」
「あんたは好きだってーの? イリュード」
 ルーサーリアはイライラと虎髭の大男にかみついた。イリュードは苦笑して云った。
「連中を出し抜くのは好きだがな」
 その間にも、断続的に巨大な光の波紋が空に描かれ、霄壤が悲鳴をあげて震えた。月や他の惑星との位置相関から推定して、あの上空に艦影を見せる宇宙艦隊は、外惑星の周回軌道上あたりに投錨していると思われる。この距離をもってしてもなお肉眼で視認できるところから、かなりの大型艦艇であることは間違いない。
「たぶん重巡クラスだな、ありゃ。すくなくとも全長三〇〇モイヤール(≒三〇〇キロメートル)はありやがるだろう。……あいつの火力はハンパじゃねーぞ! 搭載兵器にもよるだろーが、たった一隻で銀河ひとつを消滅させかねねーからな」
「はやく、行こう、イリュード。フォルトのやつらが地上に降りてきたら厄介だ」
 イリュードが重々しくうなずいた。
「そうだな。いまこの国は上から下までパニクってる。こいつを見逃す手はねぇ。混乱のどさくさにまぎれて、早えーとこ真紅をたすけだすとすっか」
「んだども兄貴……」
 訛りのひどい手下が、浮かない顔でいった。
「ここいらの国じゃあ、海賊はとっ捕まったその日のうちに縛り首になるってうわさだべ? もしだよ、もしおかしらが……」
 ルーサーリアが咄嗟にその手下の胸ぐらをつかみ、すーっと目を細めた。碧い瞳が危険な光をやどしている。
「あねきが、何? ん? いってごらん」
「い、いや……ななな何でもねーだす」
「そんくらいにしとけ、ルーサ」
 イリュードが奇妙に確信を込めて云った。
「あの真紅が、こんなところでくたばるわきゃねーだろ」

 人跡未踏とはかくあらんやという樹海で過ごす、幾夜目かの露営……
 その日の不寝番を務めていた手下のひとりが、無言でルーサーリアを揺り起こす。が、鋭敏な戦士の感覚は、すでに彼女の五感を覚醒させていた。
 焚火には土がかけられ、深い闇のなかできなくさい煙だけが鼻腔をつく。
 ルーサーリアの隣にひそやかに寄って来た誰かが、彼女の腕を小突いて合図をよこした。イリュードだろう。ルーサーリアは心得て、愛用の短弓(ショート・ボウ)に矢をつがえながら、中腰で手近な幹の陰に移動した。
 選りすぐりのてだれたる手下たちもまた、当意即妙に散開して、油断なく気配を絶っていることだろう。隠密行動を慮り、みな靴にはぬかりなく厚布を巻いてある。
 ルーサーリアは森の闇をじっと見据えて、舌なめずりした。
(……)
 こうして森のなかに身をひそめるのは、いつ以来のことだろう――ふと、とらわれる灰色の追憶。
 おのれの身を守るちからさえなかったあのころは、ひとり、灌木の茂みの中で息をころし、恐怖に震えるよりほかなすすべを知らなかった。ともに戦火から逃げ延びた実姉は、ルーサーリアがまだ幼かったあの日、ルーサーリアを庇い、ルーサーリアの目の前で恐ろしげな兵隊たちにさんざん嬲り物にされた挙句、泥酔した兵士の狂顛のやいばによってめった斬りに切り刻まれ、息絶えた。
 今、ルーサーリアの手には武器があり、傍らには仲間がいる。そして、果敢な戦士の魂が彼女のうちに宿っていた。理不尽な運命を甘受する謂われは微塵としてない。
 かつて、絶望にうちひしがれたルーサーリアへこの不撓の勇力をあたえてくれたのは、ほかならぬ真紅だった。自分を取り戻し、なおかつ新たな自分を見出すことが出来たのは、彼女との出会いによるところが大きい。
 ――その真紅が現在、卑劣な桎梏のもとにある。
(あねきは必ず助け出す。邪魔者は皆殺しだ)
 ……そのまま、どれほどの時間がたったのか……
 いつしか、梟の鳴き声が止んでいた。どこからか狼の遠吠えだけが、寂寥をおびて、かすかに聞こえてくる。
 ルーサーリアは短弓(ショート・ボウ)をおもむろに引き絞った。暗闇の一点に意識を集中する。長い宇宙船暮しで慣れない地上の重力下、いつもより多少照準の感覚が心許ない。
 彼方にほのかなともし火が、恰も闇から滲み出るかのように浮かびあがった。敵か? 或いは……
 太古の森には、人外の魑魅魍魎が跳梁跋扈するともいう。
(いずれにせよ、まっとうな人間が、うろうろ徘徊する時間でも場所でもない……)
 イリュードは、どう判断を下すのだろう。
 張り詰めた時が、静かに流れる……

「篝火が見えたのは、このあたりだな? 間違いないか?」
「はッ! 隊長殿」
「まんまと我軍の包囲網をかいくぐって逃げおおせたつもりでおろうが、そうはいかんぞ」
 ゆらめく橙色の明かりの中で、五十人前後の甲冑武者たちが佇んでいた。いずれもこれ、物々しい完全武装である。
「よし、そのほう、至急本陣へ注進のうえ、山狩りの人数を要請いたせ。他の者は周辺をくまなく探索。レーゼンテから城落ちした敵を、引っ捕らえるのだ。抵抗する場合は容赦なく斬り捨てよ」
「はっ!」
 しゃらしゃらといういくつもの金属の擦過音が、騒々しく静寂を破りつつあった。
 ――ひゅッ!
「ぐっ……が……」
 先ほどの使いを命ぜられて報告に走ろうとしていた兵が、蹌踉として数歩を虚しくし、どうっとくずおれた。
 面当てのわずかな隙間から、顔面に突き立つ一本の矢。
 武者の一団が事態を把握するいとまもなく、立て続けに飛来した矢が、さらに二人の兵を射倒していた。いずれも面当ての隙間を正確に射られている。森の暗闇にあってこの神業的な射術は、尋常な技倆のなしうるところではない。
「て、敵襲ーっ!」
 その誰やらの叫びが引き金となった。湾曲した短剣を手にした男たちが闇のなかから現れいで、敏捷な身のこなしで武者たちに襲いかかってきた。甲冑武者たちもまた段平を抜いて応戦するものの、重武装であるうえ、狭隘な樹林のなかでは、思うさま邀撃もままならない。
「うろたえるなーッ! 敵の思うつぼぞ! 二人一組になって迎え撃てぇッ!!」
 断末魔の悲鳴と剣戟の響きが交錯するなか、隊長の怒号がむなしくかきけされる。
 甲冑の兵たちは一人、また一人と斃れていった。
(おのれ! なんだこやつらは!?)
 隊長は、いかにも凶状持ちといったかんじの禿頭の男と斬り結びながら、考えを巡らせた。
(レーゼンテ正規兵の遊撃隊などではあるまい。傭兵連れの匪賊か、土地の山賊か……)
 しかしそのような無法のやからが、現在この地域一帯を制圧しつつある軍隊に鉾先をむけるような危険を冒すだろうか?
「おいっ、警笛どうしたぁ!」
 ともかく近辺に味方がいれば、急を知らせねばなるまい。
 禿頭の男を部下のひとりにまかせ、隊長は副隊長を目でさがした。と、その足許に転がってくるなにかのかたまり。
 刮目してみれば、それは驚愕の瞬間もあらわに張りつかせたままの、副隊長の首であった。口には呼び子笛を咥えたままである。
 ぎょっとなった隊長が、顔をあげて数十歩ほど先の闇を凝視すると、そこに血刀をひっさげてたたずむ巨漢の姿があった。顔はよく見えなかったが、暗闇のなかでその双眸が爛々たる光をはなっている。
 隊長はそれなりに戦場の往来を重ねた、歴戦の兵士だった。それだけに、直感するものがあったのだろう。
 ――やつと戦ってはダメだ!
 巨漢がゆっくりとこちらに向かって歩きはじめた。
 圧倒的な殺気にのまれ、隊長は金縛りにあったように身動きが出来ずにいる。
 つつーと汗が、したたりおちた。
 恐怖に麻痺してゆく思考が、しかしなおどこか冷静に告げていた。
(こ、殺される……)

 ふたたび、沈黙の時を取り戻した森。
 地面にうち棄てられたままの松明が、ちろちろと、心細いほのおを灯し続けている。
 その明かりが照らし出すものは、累々とよこたわる無残な死屍だった。
 さしたる時を置かず、血の臭いを嗅ぎつけた獣たちが、この静寂を破ることになるだろう。

 遼遠たる天地を眺望する急峻な断崖のうえに、鈴生りに顔をつらねる海賊たち。
「おい、イリュード、これは……」
「ああ。ゆうべ殺った連中の甲冑みたときから、いやな予感してたんだ。くそったれめ!」
 明けいく空とともに晴れ上がってゆく朝靄――そこには、山野をうめつくして林立する旌旗が、徐々にその全容をあらわしつつあった。
 森のむこうにそびえたつ幾つもの尖塔と、それらを結ぶ堅牢な城壁の、紫色に翳むシルエット。
 ちょうど、この城塞を包囲するかたちで布陣しているとみられる雲霞のごとき大軍勢。
 微風にひるがえる数千旒の軍旗には、遠目にも明らかな《運命神の瞳》の紋章――コルトナイドにおいて知らぬ者はないであろう、フォルト銀河星皇ユニオンの国章である。
「いくさの真っ最中とはな。めんどクセーことになってきやがった」
 戦場には、古来より「旗色」という言葉によって表わされる独特の空気がある。いま、それは誰の目にもあまりにはっきりしていた。
 ひっそりと静まり返る城を嘲笑うように、何百何千もの烹炊の煙がフォルトの陣地からたちのぼり、たなびいている。
 ルーサーリアは厳しい顔で彼方の城を凝視した。
「あれが、レーゼンテ城」
(あの城に、あねきが囚われている……)


 城内の兵舎はいま臨時の医療所に充てられ、過日の攻防で負傷した兵士たちがおおぜい担ぎ込まれていた。もっとも貧弱な設備と不足気味の医薬品、少ない医師という状況下にあっては、どうしても気休めていどの治療にならざるを得なかったが。
 そこかしこに横たわる負傷兵たちは、みな体のどこかしらに血のにじんだ包帯を巻きつけ、聞くだに痛々しいうめきをもらしていた。なかには激痛にのたうちまわる兵士もいて、僚友らしき男たちに取り押さえられるている。
 また、急遽かりだされた城館のメイドたちが、彼等負傷兵のあいだをぬうようにして奔走し、忙しく看護に立ち働いていた。
 そんなさなか……
「しっかりおし! 母さんは、ここだよ」
「お兄ちゃん……」
 この大部屋の一隅で、家族とおぼしき母娘に付き添われたひとりの兵士が、医師の手当てを受けていた。
 おそらくは先日来から断続的に行われる敵方の炎精砲(ルビュンネーデ)の攻撃で、着弾現場に居合わせて爆炎の巻き添えを食ったのだろう。その兵士は両足と左腕を失い、包帯のすきまからわずかに露出した肌も焼け爛れているという無残なありさまで、今なお余喘を保っているのが不思議なくらいであった。
 残った右手をしっかと握り締め、片時も目を離すまいと、滂沱と涙をながしながら、食い入るようにその兵士を見つめる母親らしき女と、それに寄り添う娘。
 母娘の向かい側には、医師とともに身なりのよい長身の戦士がいて、そのさまを気遣わしげにながめていた。
「気を確かに持て……間もなく援軍が来る。お前の母上と妹君は、きっとたすかるぞ」
「先生! ああ先生……お願いですっ!」
 母親が不意に医師へと取り縋った。
「わたしはどうなっても構いませんっ! どうかどうか助けて! こ、この……わたしの倅を」
「……」
 医師は難しい顔で、目を逸らす。
「エルベート卿。よろしいですかな」
 その時、長身の戦士の背後につと寄った初老の将校が呼びかけた。
「……御館様がお待ちです。火急の内談があるにつき、居室までお越し願いたいとの仰せ」
「ああ。今、ゆく」
 エルベートはそっと、その重い空間を離れた。後に続く将校。
「……戦場にあっては――」
 歩きながら、将校が語りかけてきた。
「――戦場にあってはどのように悲惨な修羅場をまのあたりにしようとも、恬然としていられる自信があるのですが……。あの悲嘆にくれる婦人は見るにたえぬ」
 居たたまれぬ想いはエルベートとて同様である。
 連れ立って兵舎を後にした二人は、練兵場を横切り、城主レーゼンテ男爵が住まう館へと続く回廊へと入った。
 途中すれ違う城兵たちは、みな一様に憔悴しきったようすである。蓬髪に無精髭、土埃にまみれた顔は眼窩がおちくぼみ、目ばかりがぎょろぎょろと不穏な殺気を放っている。
「ギストル殿。兵糧のほうは、どうなのだ?」
 誰もいないあたりまでくると、エルベートは横を歩く初老の将校に小声で尋ねた。
「もはや限界に近いですな。もってあと二日。配給を減らして食いつないでも四日が限度でしょう」
「四日か……」
「実は先週あたりから既に、南廓に収容した城下からの避難民に餓死者が出ております。万が一にも疫病が蔓延してはことですからな、遺骸は時をおかず火葬にするよう通達してありますが」
 エルベートは一瞬、暗然たる黒雲が城のうえに垂れこめている錯覚にとらわれた。
「エルベート卿。帝国は我等を……」
「申されるな! よろしいか、兵の前で繰り言をいってはならんぞ」
 やがて城主の居室に至った彼らは、幾つかの次の間を経てレーゼンテ男爵が待つ部屋へと入っていった。
 趣味のよいゼラン様式の調度類で統一された部屋の中央には、天蓋付の寝台が置かれ、男が一人、床に就いていた。また、寝台のかたわらには窈窕な令嬢がいて、エルベートらに気がつくと、そっと会釈をよこした。
「レディの前ですが、戦中なれば見苦しき戎装はお許しあれ。男爵は、お休みですか」
「お父様。エルベートさまがお見えです」
「参られたか。マリィ、手をかしなさい」
「はい」
 令嬢の介添えで、寝台の上に上半身だけ起こすレーゼンテ男爵。すぐれぬ顔色に疲労の色は濃い。が、その挙措には、何処か澄み切った静けさがあり、かつての剛毅な彼を知るエルベートははっと胸を衝かれたものである。
「それがしは座をはずしておりまする」
 ギストルも何事かを察したらしく、そう言うと一礼して退室していった。
「マリィ、卿に席をおすすめせよ」
 すすめられた椅子に腰掛けながら問う。
「お加減はいかがです?」
「御覧のとおりだ。情けないものよ」
 フォルト・ユニオン軍が突如としてレーゼンテに押し寄せてきた日――城の外門のひとつをめぐる攻防で瀕死の深手を負った男爵は、以来、戦いの指揮をエルベートらに委ねて臥せっていた。
「兵たちの士気は、どうかね」
「芳しくはありませんね」
「そうか……苦労をかける。おぬしには、どんなに感謝してもしたりぬのぅ。あの時、そのまま京師にとどまっておれば、おぬしの器量だ。どのような栄達も望み得たであろうに。あたら前途ある騎士の地位を……」
「私が自ら選んだ道です。後悔はありませぬ」
 レーゼンテ男爵とエルベートの視線がしばし絡まり合った。先に目をそらしたのは男爵のほうだった。そのまま飄逸とした風情で、窓の風景をながめやる。
 しばしの沈黙の後、男爵が思いもよらぬことを言い出した。
「明晩、かねてからの約定に従い、おぬしと我が娘マリィの華燭の典を執り行なう。その運びで、手配り願いたい」
「……は?」
 一瞬、男爵の真意を測りかね、彼が錯乱でも起こしたのかとさすがに不安になるエルベート。男爵が苦笑した。
「おぬしほどの者が、何をそのように驚くのか。わしはただ、義務を果たすまでのこと。……蛇足ながら、これは娘が望んだことでもある。親馬鹿と笑われたところで是非もないが、わしとしては、今生で二人を添い遂げさせてやりたいのだ」
 ここで何故などと問うのは愚問である。彼が諷意するところはあまりに明らかだった。それは婉曲な玉砕の意思表示にほかならない。
 エルベートはマリィを見た。婚約者の目を意識したマリィは赤くなって俯いたが、やがて決然とエルベートを見つめ返した。
「しかし、男爵。それでは……」
 呻吟するエルベート。
「のぅエルベート殿。言いたいことも多々あろうが、我等はともに羽林(ディ・ベーレト)の家柄。父祖累代、剣をもって帝室にお仕えしてきた誇り高き武門のはしくれ。ことここに及んでは、名こそ惜しみ、潔く進退いたそうではないか」
「我家と、史上、あまたの大騎士を輩出した名家たる御当家とでは格式がちがいます。比較にもなりません。ご短慮あそばしますな」
「我等がここで城と命運をともに致すとも、帝都に遊学中の息子カールがおる。……彼がいつの日か、家名を再興することもあろう」
「同時に貴方はこの地を治める領主でもあります。無辜の領民に対する義務は何となさる」
「彼らは我が股肱。フォルトづれの奴隷にするのは忍び難し。よって、ともに連れてまいる」
 レーゼンテ男爵のいらえには些かの逡巡もない。思慮深い彼が、自責と葛藤のはて、考えに考え抜いた末に出した結論なのだろう。それだけに、ちょっと翻意させるのは難しそうだった。
「せめて、あと一両日中に帝国軍の遠巻きを得られれば……」
「それは無理というものじゃ。エルベート卿」
「が、一縷の望みはないでもありません。ウィルグ方面宇宙艦隊の司令官は、あのユーキ・ナグラス伯です」
「ミルズ会戦の英雄か……。ふむ、たしかセルベリート帝の玄孫にあたる御方であったかな。いまだ、親しく謦咳に接する機会を得ておらんが。では、随分とナグラス伯を買っておるのだな、おぬしは」
 レーゼンテ男爵は、ちょっと興味をひかれた様子だった。
「私はかつて、《魔海》銀河の蛮族戡定とアクアガルト王国平定戦に従軍し、ナグラス伯の水際立つ采配を、この目でしかとまのあたりにしておりますゆえ。あれは尋常の将星ではございません。私の知るかぎり、まず当代のコルトナイドにおいて、屈指の戦略家と申しても過言ではありますまい」
「ほぉ。魔海の蛮族戡定は、ナグラス伯の初陣であったと聞き及ぶ。しかし彼は、その緒戦において数百あまりもの星系を失陥いたし、蛮族ごときの寄せ集めに屈辱的なまでの大敗を喫しておるではないか」
「まさにそれこそが、一筋縄では行かないユーキ・ナグラス伯のしたたかさかと」
 エルベートは静かに、しかし熱っぽく語った。
「イルティーバ族を中心とする魔海の宇宙軍は、その緒戦の大勝利に酔いしれ、ナグラス伯を惰弱な青二才と侮ったがために、ついには一敗地に塗れることとなったのです」
「故意に負けたと申すのか? 初陣において?」
「おそらくは……」
 とかく初陣と申せば、いかな英雄の資質をそなえていようとも、或いは血気にはやり、或いは死の予感に怖じ気づいて、おのれを見失いがちなものである。
 勝利の女神は残酷で気まぐれだ。その息遣いの機微を感ずることは、由来、長き戦場往来を重ねた者だけが能く会得しうるところである。
 《雪華戦争》の帰趨を決した《ミルズ星系会戦》によって、一躍コルトナイドに勇名を馳せたユーキ・ナグラス伯が、戦史に登場した初陣の戦いは、《魔海》銀河の蛮族戡定だった。今から十二年前の帝国標準暦4140年――当時ゼラン帝国の辺境では、謎の魔道師アルゼンの統率のもと、出所不明の魔法兵器によって武装した魔海の諸部族が猖獗をきわめていた。その鎮撫のために派遣されたのが、弱冠十五歳のユーキ・アーファン・ゼルティア子爵を主将とする討伐軍である。
 老練な軍監や参謀たちの、劣勢であることを理由とした慎重な献策を一笑に付し、ユーキは敢然と戦端を開いたが、衆寡敵せず、たちまちのうちに帝国軍は崩れたった。さりながらその後、潰走する帝国艦隊を急追した魔海艦隊は、宇宙航路上の難所で、狭隘な時空隧道に誘いこまれ、亜空間から突如起った伏兵のために退路を断たれて殲滅させられたのである。その時の入神の域とも呼びうる緻密な指揮と仮借ない残敵掃討に、並み居る歴戦の提督たちは慄然となったという。
 戦後、何故か戡定の功績よりも緒戦の敗退がことさら宮廷内で槍玉に挙がったが、これはユーキを恣意的に貶めようという意図があったためであろう。アルフレッド皇太子がいまだ冊立されておらず、ユーキ自身が皇位継承権をめぐる暗闘の渦中にあったという当時の政治状況のゆえであると想像される。
「はじめは私なども、皇族の子弟が名目上の総大将であるという認識でおりましたので、ナグラス伯……当時のゼルティア子爵ですが、指揮権を強行されたと聞いたときには、さてもいくさを知らぬ若君よなぞと苦々しく思ったりもいたしました。戦場にあって我等の生殺与奪は彼の手に帰するのですから」
「ふむ」
「しかし、あの的確な采配をまのあたりにしては、さすがに認識を改めざるをえません。まったく今もって瞠若を禁じ得ぬ」
「まことであれば、おそるべき天稟よの」
 レーゼンテ男爵はしげしげとエルベートを見つめ、やがて嘆息して指摘した。
「おぬし、ユーキ・ナグラス伯のもとで再び戦いたいのであろう? 気骨ある戦士をして、かくのごとく想わしむるか。これはかえすがえすも惜しいことをした。それほどの人物ならば、是非にもお会いしてみたかったものよ。……しかし、いかな彼が不世出の名将であろうとも、能く我等の窮地を救いうるものではあるまい」
「私は……」
 諦めません――そう云おうとしたが、言葉を嚥下する。エルベートは強く下唇をかみしめた。

 己の靴音がどこか遠いものに感じられた。途中から追いついてきたギストルが、もの問いたげな目をこちらにむけている。
 なにか得体のしれない焦りが、この時のエルベートを駆り立てていた。
「どこまでも、お供いたします」
 男爵の居室を辞す時、廊下まで見送りに出た男爵令嬢マリィがそう彼に云った。あたかも肩の荷が下りたようににっこり微笑むマリィの顔が脳裡をよぎる。
「卿、どちらにおいでになるのです?」
「……北の塔。地下牢へゆく」
 ギストルは訝し気な顔をみせたが、何も言わずエルベートに付き従った。
「ギストル殿は憶えておいでか? このいくさが始まる一週間ほど前、隣国マール・ヴィーナから星系総督府へ護送途中の囚人を乗せた檻車の一行が、この城へ立ち寄ったのを」
「?――ああ、そういえば……」
 その後、フォルト・ユニオン軍が襲来して城攻めが始まってしまったために、囚人護送の一行はレーゼンテ城内に足止めを食らっていたのだが、運悪く護送役人の頭だった者が戦闘に巻き込まれて命を落し、残ったマール・ヴィーナ公国の役人たちも城から逃亡してしまうという事件が起こった。ちなみにこの時、既にフォルト・ユニオン軍は水も漏らさぬ包囲網を敷いていたので、レーゼンテ城から逃げた彼らの辿ったであろう運命は、推して知るべしである。
 レーゼンテ城の者たちも、自らの危急存亡の秋をまえにそのような瑣末事にかかずらう余裕などあるはずもなく、このことは忘却の地平に埋没するかと思われた。
 エルベート自身も戦いの差配に忙殺されて、そのような囚人がいることなど失念していたのだが、何日か前、看守を取り締まる獄吏が俄かに思い出したものか、この囚人をいかに扱うべきかでエルベートの指図を仰いできたのだ。
 マール・ヴィーナ公国の護送役人たちが遺棄していった公文書を調べさせてみると、くだんの囚人の素性は極秘扱いである。
「当城の看守のひとりがマール・ヴィーナの者から漏れ聞いたところでは、その者は女だてらに海賊であるそうな」
「女海賊……で、ございますか?」
 ギストルは首をかしげた。
「迂遠な手続きを踏むものかな。わざわざそのようなことをせずとも、即時処断すればよいものを」
 海賊は捕縛しだい絞首刑というのが、長年海賊行為の横行に悩んできたトールジット星系諸国にいつしか定着した不文律であった。
「そうせぬあたり、畢竟しかるべき事由があるのだろう」
 ほかにも、マール・ヴィーナ公国から領内通過の事前通告もいっさいなかったこと、鑑札の発行元がゼラン連合帝国トールジット星系総督府であることなどから推測して、かなり重要な罪人である可能性が高い。
 二人が目指した北の塔は、北廓の外壁の中央にそびえる望楼で、一〇門ちかい砲台がすえられていた。石造りの巨大な塔のところどころに穿たれた銃眼から、炎精砲(ルビュンネーデ)の黒い砲身がのびて、城外の敵陣を睥睨するかと見える。
 塔の中へ入った二人はまず獄吏の詰所へ行き、来旨を告げた。
「地下牢の囚人に会いたい。案内いたせ」
 獄吏はエルベートの意図をはかりかねたが、身分高い将官の命令に抗うべくもなく案内に立つ。
 詰所の奥にあった分厚い木の扉を開けると、そこは円筒状の吹きぬけになった空間で、へりには螺旋階段があってずうっと地下へと伸びていた。石壁のところどころの壁龕に灯された蝋燭の周りだけが、濃い闇の中で浮かびあがっている。
「足元にお気を付けください。苔むして滑りやすくなっております。また、手すりにもご注意を。処々腐蝕が進んでおりますゆえ」
 エルベートは頷いた。
 三人は無言で階段を下りていった。靴音ばかりが耳にこだまする。
 換気のしくみがあるのだろう。下から上へ微かな空気の流れがある。黴臭い湿った空気にまじって、ときおり生臭い血のにおいが鼻をつくような気がするのは、あながち錯覚でもあるまい。この下ではこれまで幾人ともしれぬ罪人たちが血を流したことであろうし、その苦悶と怨念が地下牢に染み付いていることは、想像に難くない。
 吹きぬけの底にたどり着くとそこから放射状にいくつかの通路があり、獄吏はその中のひとつ、鉄格子の扉がついた通路の前へいき、鍵束から符合する鍵を選び出すと鉄格子の扉を開けた。
「さ、こちらでございます」
「牢番は置かんのか?」
 おそらく誰もやりたがらんのだろうな、などと考えながら、そんなことを訊ねてみる。
「はぁ。以前は置いておったのですが、篭城となりましてより人手不足でして、その……看守の巡回を密にするなど、遺漏なきようあい務めてございます」
 獄吏はいかにも役人的な言い訳をした。
「食事は間違いなく与えておるのだろうな」
「は、はい。お言い付けどおりに」
 通路を奥へ進むと、小窓のついた同じ鉄扉が等間隔で左右にならんでいる。独房なのだろう。が、人が収監されているといったような気配はない。途中ひとつだけ大きな部屋があったが、そこには薄気味悪い拷問器具がいくつも置かれていた。
 やがて、最も奥まった鉄扉の前に至ると、
「ここでございます」
 獄吏がうっそりと頭をさげた。
「よし、扉を開けよ」
 獄吏はちょっと躊躇する様子を見せたが、エルベートの命にしたがい鍵をはずしにかかる。
 がちゃ、ぎぃぃぃ……
 軋んだ音をたてて重そうな鉄扉が開け放たれた。錆びた鉄の臭い。ギストルが獄吏からがんどうを取り上げ、暗い牢内を照らす。暗闇の中でなにかが蠢いた。じゃらり、と鎖をひきずる音がする。
「……この者が、そうなのか?」
 ギストルが獄吏に質す。
 がんどうの頼りない光が、石壁に寄りかかって座る人の姿を照らし出していた。その光でさえ眩しく感じるのか、その者は腕をかざして目を隠すようにしている。見るもしなやかな四肢にはめられた手枷足枷首枷が痛々しい。手枷と首枷は鎖でつながっており、足枷からのびる鎖の先には、おおきな鉄球がついていた。
 エルベートが牢屋の中へつかつかと入っていく。
「この者と話がしたい。ギストル殿、すまぬが、しばし外していただけまいか」
 口調は依頼であったが、その言葉には有無を云わせぬ響きがあった。
「かしこまりました」
 ギストルは、この一月ほどの間ともにユニオン軍と戦ってきた主家の姫君の婚約者に、全幅の信頼を寄せていた。彼は獄吏を促すと、鉄扉を閉めさせた。
 エルベートは、二人の足音が遠ざかるまで無言で囚人を見つめた。去り際に獄吏が点していった燭台の蝋燭の炎が、ジジジ……と揺れる。獣脂の焼けるにおいがただよった。
 囚人はゆっくり顔をあげ、長い黒髪をかきあげるとエルベートをじっと見返した。
「……」
 幽囚の境遇で薄汚れてはいたが、美しい女だ。まだ若い。その赤みがかった黄金色の瞳は炯々として、いまなお強靭な意志を感じさせた。虜囚にありがちな狂気や卑屈さはひとかけらも見出しえない。
 エルベートはふと、女の黒髪に目をとめた。前髪に一房の金髪が混じっている。
(やはり、な……)
 マーレンヴィーア銀河の《青い疾風》、雪華大星雲のガルーダ一族と並ぶコルトナイド最大級の海賊勢力、パイレーツ・ギルド。そのパイレーツ・ギルドの幹部で、黒髪の者にはめずらしい黄金色の瞳をもつという女頭目の噂は、蒼海の交易商や船乗りならば、よほど駆け出しの若造か耄碌した年寄りでもないかぎりは、知らぬ者がないであろう。彼女の黒髪には一房の金髪があるという。
「この城は、まもなく落ちるだろう」
 エルベートがいきなりきりだした。
「無論、むざと敗れるつもりはない。必ずや決死の働きを顕し、敵に一矢報いずにはおかぬ。……が、忌憚なく云って味方の大利は望むべくもない情勢だ」
「……だからどうしたというの?」
 女は無感動に云った。この期に及んで、自分の知ったことではないと云わんばかりの態度は、いっそ小気味よい。
「そなたも不本意な末路を免れえまい」
「……」
「ここから、逃してやってもよい」
 女は不敵に目を光らせた。
「へぇ……それはありがたいことだわ。もちろんタダってことはないんでしょう? 条件は何?」
「話が早くて助かるな。――女性を一人、そなたの逃避行に伴ってもらいたいのだ。その御方を護衛して安全な帝国領星系まで行き、しかるべき官衙へ身柄を引き渡すことが条件だ」
 女の口辺にかすかな嘲笑がただよった。
「お姫様でもお落しまいらせようというのかしら」
「お互い、余計な詮索はせぬほうが賢明ではないかな。間違いがないよう鑑札はこちらで用意するし、謝礼も出そうではないか」
「……どうも分からないわね。どうしてわたしのところにそんな話を持ってくるの?」
 信頼の置ける忠義の家臣ならいくらでもいるだろうに……。女は胡散臭そうに鼻にしわを寄せた。
 城落ちの時、複数の影武者をたてて敵の目を欺くのは、よく使われる手だ。女は捨て石にされることを危惧する。
「我々には、宇宙へ飛び立つすべがないのだ」
「わたしにはそのすべとやらがあるのかしら?」
「あるのだろう?」
 女は肩をすくめた。
「ここの星系には、あなたがたの敵さんがうじゃうじゃいるんでしょう? わざわざ危険を冒して大気圏外に逃げなくても、抜け道があるなら地表でじっと隠れてればいいんじゃない?」
「狭い星の上と広大無辺の宇宙……そなたなら、どちらに逃れるかね?」
「わたしが裏切ったら? その女を途中で殺すか、奴隷商人に売り飛ばすかして、謝礼だけいただいてドロンするかもしれないわよ」
「それはあるまい。そなたが噂どおりの者であるならな」
「わたしの噂ねぇ。どんな噂なものやら……」
 エルベートは面白くもなさそうに指摘した。
「そもそも裏切るつもりなら、そのようなことを初めから口にはすまい? あえて鎌をかけてきたというあたりの気紛れに期待させてもらおう」
 しゃ〜〜
 おもむろに佩剣を抜く。切っ先を女の喉元にぴたりと突き付け、エルベートは冷たく光る目で女を見下ろした。
「道は二つ。ここで死ぬか、取引に応じるか……選ぶがよい」
 女は微動だにしない。が、煤けた額が、にじみでる脂汗で光っていた。
「つまり、選択の余地はないってことね」
 エルベートの額に刺青された幻獣レンゼスの紋章をちらりと一瞥する。
「所詮、貴族のやり口なんてこんなもんか……」
「すまんな。我々も切迫しているのでな。かわりと申してはなんだが、謝礼ははずもう」
「……いいわ。その話、乗ってやろうじゃない」
 女がそうこたえた刹那、エルベートが目にもとまらぬ早業で剣を一閃させた。
 キィィィーン! じゃらららら……
 女を拘束していた手足と首の枷に繋がれた鎖が、すべて一瞬の間に断ち切られていた。
「見事な腕だこと。でも、横着しないで鍵ではずしてくれた方が嬉しかったかしら」
「鍵はない。鍵を所持していたはずのマール・ヴィーナの護送役人どもが、どこやらへ失踪してしまったのでな。その枷は首尾よく敵から逃げおおせた後にでも、仲間にはずしてもらうがよかろう」
「まったくもー、武骨なアクセサリーだわ……」
 女は大仰にため息をついてみせた。


〜続く〜
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