光と闇の海の果てに

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〜第1話 邂逅(14)〜

 帝国標準暦4144年、レプテリューンの月(十五月)二十一日六時。
 ノイザー方面第一二艦隊旗艦、戦闘艦マセト艦橋では、情報担当士官たちの動きが遽しかった。
「敵艦隊のおおよその布陣が判明しました。約一万隻の艦隊が三つ。三方向から我が艦隊に接近しつつあります」
「我が艦隊進行方向の敵艦隊を《アルゲン》、同左翼方向敵艦隊を《テンペール》、同右翼方向敵艦隊を《デルーガ》とそれぞれ命名しました。全艦のエステルド・オーヴに念操回路連結完了。情報転送開始します」
 メルレーンは司令座に深く背もたれ、ぼんやりと彼の周辺にいくつも浮びあがる幻影窓をながめた。
 艦隊参謀長グリーヌ校尉が訊いた。
「如何しますか、提督。後方に配置した四万隻から、いくらか呼び寄せますか」
 有能な司令官のもとでは、敢えて愚問を発するのも参謀の重要な仕事となる。そこにひそむグリーヌ流の思考誘導を嗅ぎとって、メルレーンは肩をすくめた。
「……いや。兵站線の確保が最優先。ここは僕たちだけでやりましょ」
 要するに、参謀というのは司令官の補佐役であると同時に、指南役でもあるわけだ。ことにゼランのような国家にあっては、軍務経験もろくにない大貴族子弟が、しばしば数百億人の将兵を統率する地位につくこともままあり、経験豊かな幕僚たちの役割も、臨機応変に性格を変える。
「やれやれ。重労働になりそうですな」
 副司令ルエン校尉がいつものようにぼやいた。
「メルレーンさま、お茶がはいりました」
「おかえり」
 どこで調達してきたのか、ワゴンにティセット一式を載せてリーシャが戻ってきた。当直の従卒が気を利かせ、助け船をだしたにちがいない。
「あ、みなさんの分もありますから、どうぞ」
「お嬢さんがこのように仰せだ。ルエンとグリーヌもいただくといいよ」
 従軍看護婦を志願しただけあって、リーシャはなかなか胆が据わっている。すでにこの状況に慣れつつあるとみえて、艦隊首脳たちを前に物怖じするところがない。が、なにしろお茶の給仕は専門外なので、従卒やメイドに比べ手つきがぎこちないのは御愛嬌と云うべきか。
「温まるね。やはり風邪気味の時は紅茶にかぎるよ」
「壮健であることも、将帥たるものの責務でございますぞ、メルレーン提督」
「胆に銘じておくよ」
 ゼラン華胄界にあっては、いついかなる時であろうとも、喫茶の瞬間をあだおろそかにしない。これはカンナート雷光帝以来の伝統である。敵を目前にして暢気に茶を楽しんでいるなどと、もしアクアガルトの猛将《美髯公》ベルティスあたりが知れば、烈火の如く怒り狂って吶喊してきたにちがいない。
「ほう、これはよい茶ですな。この香りこの風味、ベイレーズのジャコール葉に相違ありますまい。しかもかなり上等な逸品とみゆる」
 該博なグリーヌが紅茶にも精通しているところをみせた。
「そういえばユーキから御歳暮を貰っていたな。近いうちベイレーズ星系に転封になるらしい。あいつ、ジャコール茶が欲しければ僕に云い給えと見得を切っていたよ」
 ゼラン帝国では、年の暮れに友人や恩人など、かくべつ厚誼ある人物に贈り物をする風習が古くからある。これを御歳暮と呼ぶ。
「方面艦隊総司令官閣下が?」
「ジャコールを産するベイレーズ星系を領するとは、紅茶通の諸侯には垂涎の的でしょうな」
 グリーヌが首をふった。
「そうお気楽な話でもないぞルエン殿。かの星系は、確か名門ナグラス伯爵家の領地であったはず。三十年ほど前、お家騒動で家名断絶になってから宰相府直轄領になっているんだが……いろいろ歴史的背景があるので統治がむずかしく、過去いくにんもの総督が失政で更迭されていると聞く」
「改易、ということであろうか? 先般の不祥事もありますからな」
「僕も詳しいことは知らないんだけどね。どうせまたぞろ京師の政治絡みの話だろうさ。宮廷や朝堂のことは奇怪至極で、僕にはさっぱり分らないよ」
 その時、作戦参謀がやってきた。
「申し上げます。敵艦隊の動きが早まりました」
「では、それがしはそろそろティン・レールに戻ります」
「ああ、よろしく頼む」
 帝国宇宙艦隊には、いくつかの暗黙の約束事がある。有名なものでは、兄弟姉妹を同じ艦隊に配属しないこと、艦隊司令と副司令は戦闘態勢時に同一艦に乗艦しないこと、といったものが知られている。ごく初歩的な危機対応だ。戦闘艦ティン・レールはルエン校尉の座艦で、万一旗艦マセトが撃沈されてメルレーンやグリーヌが戦死した場合、ルエンとその幕僚が指揮権を引き継いで司令部を構成することになるわけだ。

 二十一日八時。
「我が艦隊下部方向、小惑星帯中に新たな敵艦隊発見! 大質量物体多数の分離を確認」
「質量増大中。亜光速誘導徹界弾《リヴァイアサン》の可能性があります。数、およそ八二〇〇」
 亜光速誘導徹界弾《リヴァイアサン》は、出力四〇万ゼートン以内のあらゆる魔法結界を貫くといわれるおそるべき対艦兵器である。
「到達まであと三八〇秒。念干渉、開始します」
「念干渉、受け付けません」
 グリーヌが進み出て命を下した。
「直衛艦隊、迎撃せよ」
 旗艦マセトの中枢エステルド・オーヴが瞬時に敵性体迎撃の分担を判断し、念操連結された艦隊各艦のエステルド・オーヴに命令を伝達した。
 臨戦態勢にあった戦闘艦や巡航艦が魔光子砲を斉射。青白い光の尾を曳いて、魔光子の矢が迫りくる敵弾を精密に撃墜してゆく。到達まであと二八〇秒。
 迎撃宙域に微弱ながら幽星子乱流発生。索敵オーヴが影響を受け、精密射撃ができなくなる。このため半数ちかい《リヴァイアサン》を撃ち洩らした。到達まであと一五〇秒。
「目標追尾呪波収束レベル正常。照射準備よし」
「目標追尾呪波照射はじめィ!」
「波面収差、補正完了」
「てェーッ!」
 戦列を組みおえた駆逐艦が、反物質弾や加粒子砲で迎撃を開始。が、やはり旗艦を始めとする戦闘艦群の索敵オーヴとの連動がうまくいかず、なかなか命中しない。駆逐艦の砲手たちは、エステルド・オーヴの管制を解除し、手動で砲撃操作をしたいという衝動に必死で耐えねばならなかった。縦横の火線をかいくぐって迫りくる無慈悲な死神を前に、古代の魔法兵器に己の命運をただ委ねて泰然としていられるほど豪胆な者は、そうそうおらぬ。到達まであと九〇秒。
 脂汗をうかべた各艦の砲手たち。こらえきれず呪詛が口をついて洩れる。
「どこ狙ってやがる下手クソ……さっきから全然あたんねーじゃねーか」
「あたれ……あたれ……あたれ……あたれ……」
「クソッたりゃぁあー! 呪波のゆらぎが制御できねェ! やべェぞこりゃ」
「あー! やった、一基撃墜した」
「でもまた来た」
「おい、砲撃を手動に切り換えたらどうよ」
「おおさ、アクアガルト野郎のへなちょこ弾なんざ、俺様が射ち落としてくれるわ」
「やめんか馬鹿者! 中枢制御を乱したらとんでもないことになるぞ」
 そろそろ視認できる距離だ。が、亜光速で飛来する《リヴァイアサン》を視認した次の瞬間には、何をする間もなくあの世へ拉致されていることだろう。いまだ健在な敵弾およそ六〇〇。到達まであと五〇秒。
「うわっ、旗艦が弾道上に位置しています! 回避、間に合いませんっ!」
 司令部の面々はいずれもひとかどの武門だけあって、さすがに胆勇なものだ。メルレーンは静かに前を見据え、グリーヌは直立不動でその右にあった。
「ひゃうぅぅ〜」
 司令座のうしろでリーシャが頭をかかえてしゃがみ込んだ。メルレーンが司令座にすわったまま手をのばし、リーシャの頭を優しく撫でた。
「ごめんね。恐い目にあわせて」
 旗艦の周囲を固めていた二〇〇隻あまりの護衛艦が、《リヴァイアサン》の予測弾道上に移動して回頭、あえて横腹をさらして旗艦と敵弾のあいだにたちはだかった。旗艦艦橋にいくつもの幻影窓が折り重なるようにして次々に開き、各護衛艦の艦橋を映し出す。護衛艦の艦長たちは、無言でメルレーンに敬礼した。メルレーンとグリーヌもまた無言で答礼をかえした。到達まであと一〇秒。
「敵弾、光学望遠で確認。重層結界、展開します」
「第一波、来ます!」
「総員、耐衝撃姿勢」
 旗艦マセトの周囲一〇〇万モイヤールを映し出す立体天翔図が、ついに《リヴァイアサン》の軌跡を捉え、幻影窓にその禍々しい姿をうつしだした。《リヴァイアサン》が護衛艦の結界に接触。刹那、護衛艦を繭のようにとりまくルーン紋様の煌きが、縦横に明滅して宇宙空間の闇を劈いた。異物の侵入を阻もうと顕現する結界。獲物の腹を食い破ろうとする猛虎のように、その結界にめりこんでゆく徹界弾。
「護衛艦ローディス被弾。爆沈しました」
「脱出者の確認できず。艦長ミール千卒長以下八五〇〇名余、戦死のもよう」
「護衛艦クルート被弾、爆沈。護衛艦レナン被弾、大破――」
「軽巡航艦アーガス、念信途絶」
 旗艦を守るため《リヴァイアサン》の直撃を受けた護衛艦が、周囲の艦艇もまきこんで次々と爆散していく。この挺身を目の当たりにし、さしものリーシャも息を呑んでたちつくした。なんとか洩れでた声も消え入るようにちいさかった。
「そ……んな……この艦を守るために――?」
「これが戦だ。君が志願した道だ」
 メルレーンが抑揚のない声で云った。
 大樹の枝葉のように分岐した命令系統を駆け上って、戦況情報が旗艦の艦橋に集まってくる。
「二次爆発により、他の艦艇へも被害が拡大しております」
「旗艦の損傷は軽微。作戦航行に支障なし」
「艦隊の被害確認急げ」
 通信士官が告げた。
「戦闘艦ティン・レールのルエン副司令から念信。繋ぎます」
 メルレーンの目の前に幻影窓が開いた。
『提督、ご無事ですか』
「なんとかね。未来の新造駆逐艦にならずに済んだよ」
 帝国の新造艦艇の艦名は、過去の将星録のなかから採られるという慣例がある。メルレーン・シルド・ウナスは今のところ准将なので、戦死すれば何年後あるいは何世紀後かにメルレーンの名を冠する駆逐艦か護衛艦が就役するというわけだ。ちなみにユーキの座艦テレンスは、第五次リントーヤ星海会戦の英雄テレンス・ヴェスタル大将の偏諱にちなんだものであり、メルレーンの座艦マセトは、二十九世紀、ホルセンドル四世帝に仕えた驍将、マセト・ハルバーン大将の名を由来とする。「死後は軍艦に生まれ変わりたいものだ」とは、高級士官酒保でよく交される冗談のひとつで、もののふたるもの帝国将星録に名を連ねるほどの武勲をあげるべしという意味である。
「この攻撃、やはり僕が狙いかな? それとも偶然かな」
『旗艦と直衛艦隊の配置座標を正確に捕捉していたと見るべきでしょうな。敵もさるものだ』
 グリーヌが疑問を呈した。
「しかし、いったいどうやって? 索敵オーヴの性能は我々のものが彼等のそれを凌駕するはずだ」
『念信を傍受されたか、経路解析したのではないか?』
「……いや、それはあるまい」
 戦場をとびかう念信は、ふつう幾重にも魔法暗号処理されており、傍受に成功したところで、短時間での解読は困難である。たとえ艦隊規模の巨大エステルド・オーヴ網を駆使したとしてもだ。
「先入観に囚われて戦をすれば、足を掬われるということだね。敵の索敵能力は端倪すべからざるものありという前提で、戦術立案するとしよう」
 索敵オーヴ――別名マナーゼ・オーヴ。幽星子的走査によって次元の海を見通すこの魔法の目は、その潜在能力をあますところなく発揮した場合、一億光年離れた天体にいる人間の顔すら瞬時に識別可能であったと古文書に記されている。もっとも、コルトナイドの人々がこの古代遺産を発掘によって獲得してからこんにちにいたるまで、四十世紀の時をけみしてなお、その解析は万分の一も進捗していないというのが専門家の一致した見解だった。しかしそれでも、それは宇宙艦隊戦に必要不可欠の魔法技術となっている。念操宇宙戦艦にあまた搭載された魔法兵器群がいかにおそるべき破壊力をそなえようとも、索敵オーヴなかりせば目隠しをして殴り合いに臨むも同然である。広大な宇宙空間で標的への命中率はかぎりなく零にちかいものとなるだろう。
 が、索敵オーヴとて万能ではない。光秒単位のスケールで展開される長距離艦砲戦では高精度の索敵能力を発揮するが、乱戦や接舷戦では、実はより原始的な錬金術の産物であるフェーズド・アレイ・オーヴのほうが有効な場合がしばしばある。大きな魔力源が狭い空間に密集すれば、魔力が相互干渉を引き起こし、マナーゼ・オーヴを狂わせるからである。
 フェーズド・アレイ・オーヴの概要はじつに単純明快で、こうだ。まず第一段階。全方位に無造作に探査波を放射する。これで探査範囲の空間からかなりの物体を拾うことができる。第二段階。かえってきた探査波から正しい照準をしぼり、更に大出力の探査波を照射追尾。この追尾波は多様な情報を観測者にもたらす。対象の移動速度、相対距離、推定形状……遷移分析はとても雄弁だ。第三段階。エステルド・オーヴの《記憶の海》へ照会して、対象を推定。その情報精度は、ほとんど特定と呼んでもさしつかえないだろう。
 種々の艦艇のオリハルコン外殻は、その反射性の大きさがあだとなって、フェーズド・アレイ・オーヴには検知されやすい。ゼラン帝国艦政本部の錬金術師たちは、艦体装甲すべての電波吸収体化を提案した。環境適応性をもつ甲殻亜幽星体――その進化を促進してやるわけである。これは陳腐な技術ではあるが、それなりに有効であった。しかし、手間と費用から試算された帝国宇宙艦隊のステルス化計画はかなり非現実的な数字が乱舞する代物で、とうてい総兵統帥府の予算承認を得られるものではなかった。
 試行錯誤の末たどりついたのが、各艦艇にそなわった重力制御能力を応用した、時空歪曲場の複合結界である。これならば、高度なステルス性と防御力を一挙両得に得られるかに思われたのだ。そもそもフェーズド・アレイ・オーヴによる索敵は、電子的走査ということもあり、いとも簡単に時空を跳躍する幽星子とは異なり、所謂《光速の壁》を超えることができない。この欠点から、所詮宇宙艦隊戦では物の役にはたたないだろうと見做したわけである。かくしてゼラン帝国艦政本部は、フェーズド・アレイ・オーヴ関連技術にはやばやと見切りをつけ、マナーゼ・オーヴの解析と洗練に限られた費用と頭脳を投じた。過去のゼラン帝国の戦歴から、長距離艦砲戦を念頭におくあまり、接舷戦や、狭隘な宙域で彼我の艦艇が入り乱れる乱戦をさほど考慮に入れなかったため陥った陥穽といえよう。
「この宙域は戦いづらいね。敵は、我々が防禦を固めて後退することを期待しているかな?」
「で、しょうな」
「では前に進んで攻勢にでるとしよう。ルエン」
『は』
「六〇〇〇隻預ける。《アルゲン》と《テンペール》を足止めしてくれ。方法は任せるけど、アウトレンジはダメだ。セバスガルトやハルザーニの連中と同じ轍を踏むことはない」
 教則的に判断すれば、総じて魔法兵器の射程は帝国軍のほうが長いため、この優位を最大限生かすべくアウトレンジ戦法に傾斜しがちである。が、アクアガルト軍はどうやら中距離戦闘における索敵能力で、ゼランを凌いでいるようだ。セバスガルト方面艦隊のボードン少将や、先般戦死したハルザーニ方面艦隊のランテル少将、ブラン准将らは、過去アクアガルト艦隊相手にさんざん苦杯を嘗めさせられてきた。この蹉跌は、つまるところアクアガルトのフェーズド・アレイ・オーヴを用いた索敵能力を過少評価したことにつきる。
 ゼラン連合帝国の誇る名将アーサー・クラウデュース元帥は、いみじくもかく語った。「いかな将棋の名手といえども、耳目を塞がれては素人に勝てぬ道理よ。いくさもまた然り」
 ルエンは恬然と評した。
『二万対六〇〇〇ですか。地の利もまた向うにある。四〇時間がいいところですな。それ以上は支えきれませんぞ』
 メルレーンが頷いた。
「けっこう」

 二十一日十三時。
 ルエン配下の分艦隊六〇〇〇隻と、《アルゲン》、《テンペール》、それぞれ便宜的に作戦上呼称を附与されたアクアガルトのふたつの艦隊二万隻が交戦状態に入った。
 ルエンは、駆逐艦や軽巡航艦等高速艦艇を五段の縦深陣に編制して《アルゲン》に突撃するかまえをみせた。長射程の大型艦は後方に配して、これを掩護する態勢。彼我兵力差は三倍強。《アルゲン》の司令官も、数の上で劣勢な帝国軍が積極的な攻勢に出てくるとは、可能性の一つとして考慮はしていたであろうが、やはり帝国軍は安全策、つまり相対距離を維持したアウトレンジ戦術を採るだろうという思い込みがあったのだろう。緒戦における《アルゲン》の艦隊機動には、かすかな動揺がみてとれた。熟練した軍艦乗りであるルエンには、その心理が手に取るようにわかる。
「挨拶代わりだ。敵の艦列が乱れている箇所に攻撃を集中しろ。反攻が始まる頃合いを見計らって全速後退」
 この間《テンペール》は不気味に沈黙をまもり、両翼をゆっくり広げながらルエン艦隊を半包囲する布陣を整えつつあった。内心舌打ちするルエン。
「フン、やりおる。友軍が叩かれるのを見、熱くなって殺到してくるかと思ったが」
 ルエン艦隊の急速後退に釣り込まれ、《アルゲン》のうち一〇〇〇隻ほどが馳突してくる。後方で手薬煉ひいていた戦闘艦群が、これを狙い撃ちにしてゆく。激しい砲火の応酬。
 ひとしきり《アルゲン》に打撃を与えた後、ルエンは後退した。これ以上同じ宙域に踏みとどまれば《テンペール》の布陣が完成し、包囲殲滅されるおそれがあったからだ。このルエン艦隊の動きにもっとも素早く反応したのは、《アルゲン》でも《テンペール》でもなく《デルーガ》である。ルエン艦隊に急迫してこれに横撃をくわえ、《テンペール》の張った包囲網に追い込もうという動きと見えた。
(今だ)
 ルエンがほくそ笑んだまさにその時、隊列が無防備に伸びた《デルーガ》の横腹に、雲海から躍り出たメルレーン直属艦隊が襲いかかる。その苛烈な集中砲火に、《デルーガ》の中軍は大混乱におちいった。メルレーン艦隊は三〇〇〇隻と寡兵ではあるが、そのぶん集団としてはきわめて堅牢だ。一糸乱れぬみごとな突貫。
 ノイザー方面艦隊はきわめて練度がたかい。その戦闘準備度は、平時においても九割を超えるという評判だ。
「ユーキは演習好きだからねぇ。暇をもてあますと演習だ。シエルティグ将棋とかカードゲームかなにかと同じ感覚なんだろう」
 と嘆息まじりに評したメルレーンに対し、ユーキは嘯いたものだ。
「訓練予算も消化できるし、兵士たちも戦場で生き残るすべを身に付けられる。ついでに僕のささやかな欲求不満も解消できるというわけだ。一石三鳥ってやつさ」
 じっさい、就任以来暇さえあれば朝から晩まで訓練、寝ても醒めても演習――艦隊の連繋を重視した訓練を徹底的に施した甲斐あって、曲芸さながらの艦隊機動すらこなしてしまう。
 果敢な突撃にたまらず、《デルーガ》が分断された。ルエンが間髪を容れず挟撃にうってでる。
「それ全艦転進。《デルーガ》をたたきつぶせ」
「よーそろー!」

「第二、第三艦隊、被害甚大――」
「ち……さすがは名にし負うゼランの精鋭、てか。艦隊戦はめっぽう強ェや。くそったれめ。だが、白兵戦ではどうかな」
 エステルド・オーヴの立体天翔図で戦況を見定めるデイファ。彼のもとに刻一刻ともたらされる注進。
「重力潮流に異常なし。引き続き観測を続行します」
「敵艦隊、雲海の機雷群接触まであと三分」
「おっしゃ! 時空跳躍準備に入れーっ」


 壮麗無比な皇宮を遠巻きにするふたつの長城がある。宮城の正門たる神武帝凱旋門に向かって右手に位置するのは執金吾城、左手に位置するのが羽林城。それぞれ、近衛の二大騎士団、《コルベル》(執金吾)と《ディ・ベーレト》(羽林)の総本部であった。当時、両騎士団に所属する騎士は二百七名おり、騎士一人あたり騎兵一万騎をしたがえる。この騎士団二百万余の武力は、帝国陸戦軍一〇〇個師団(兵力二百億人)にも匹敵すると謳われていた。

 いま、羽林城の回廊をすすむ男がひとり。
「二ヶ月ぶりの登庁、か」
 エルベートはいささか自嘲的に独白した。皇帝カールリート五世からは、近衛騎士団総団長ケルバス伯爵を通じ、「職責をまっとうせし名誉の負傷なり」との綸旨をたまわった。が、彼自身は、不覚をとったとの思いがなお尾を曳いている。相手が魔法のともがらなれば尚更である。
 騎士の略装を見て、通りすがりの騎士見習いや騎兵たちが壁際によけて敬礼する。エルベートは見知った騎士見習いの若者をつかまえ、訊いた。
「総団長殿はどちらにおいでか」
「ハッ。総団長様はただいま、鍛練場のほうにいらっしゃいます」
 鍛練場のほうへ行ってみると、なにやらどよめきが耳に入ってきた。若い騎士見習い二人がちょうど試合っているところであった。観戦している人々のなかに総団長ケルバス伯爵の顔を見つける。傍らには、レーゼンテ男爵やジルアデス男爵ら騎士団幹部の顔ぶれもある。
「みなさまお揃いでしたか」
「エルベートか。怪我のほうはもうよいのか」
「は。このたびはまことにもって汗顔の至り……かくなる上は一日も早く公務に復帰し、騎士たる道に奮励するのみであります」
「アクアガルトへ参るか? 前線のゼルティア子爵殿下のもとへ。人手不足でな、殿下の身辺警護がちと心許ない」
「望むところです」
 レーゼンテ男爵がじろりとエルベートをねめつけた。
「これエルベート、心得違いをするなよ。そのほうは皇帝陛下の騎士であって、ゼルティア子爵殿下の私兵にあらず。若い殿下が時にはめを外さば、お側近く侍るそのほうがお諌めせねばならぬ。先般のごとく、いっしょになって遊び歩くなどもってのほかのことだ」
「はっ」
「まぁまぁコレン殿。エルベートも重々反省しておろう」
 その時、鍛練場のどよめきがひときわ大きくなった。騎士見習い同士の試合が佳境にさしかかっているようだ。とかく騎士見習いなどというと紅顔の美少年、品のいい貴族子弟を想像しがちであるが、ゼラン近衛騎士団はそうではない。命知らずの荒くれ傭兵たちをも震えあがらせる闘神たちの集団だ。鍛練場に居並んだ騎士見習いの若者たちも、いずれもこれおそるべき膂力をひめていそうな鍛えに鍛え上げた魁偉であり、不敵なつらがまえである。
 歓声につり込まれるように、エルベートらも試合に注意をむけた。試合っているのは、黒髪の精悍な男と、その男に比べるといかにも華奢な、瑠璃色の髪の女だった。まだ娘といっていい年頃だろう。体格にまさる男が優位かと思いきや、相手を圧倒しつつあるのは女のほうだった。瞬きのうちに斬り結ぶこと数合。両者とも稲妻のような早さで、人間の動きを超越している。検分の騎士たちも覚えず唸った。
「早い!」
「ほう、やるな」
「選抜試合ですか。そういえばそんな時期ですね」
「うむ。懐かしかろうエルベート」
「彼女はたしかシール・マティーヤ……ゼルティア子爵の乳母のご息女とか」
「あれは天賦の剣才だ。しかも《魔甲体》とも相性がよい。あれで、《魔甲核》の移植手術からまだ一年とたってはおらぬ。これは、かの者の考査簿だ」
 騎士団幼年修練館の館長をつとめるジルアデス男爵が、資料をケルバス伯爵に渡した。
「なんと……あれで一年たっておらぬだと?」
「うむ。この短期間で副作用を克服し、今や素晴らしい深度で《魔甲核》との心魂同化を成し遂げつつある」
 騎士見習いから騎士までへの道程は遠く、険しい。まず騎士団幼年修練館で五年から十年、基礎訓練を積む。ここで概ね半数が脱落。残った者がいよいよ《魔甲核》の移植へ臨むわけだが、ここでさらに半数の者が《魔甲核》との融合に失敗し、拒絶反応にのたうちまわることとなる。その大部分は命を落し、生き長らえた者も廃人たるをまぬかれない。唯一、おぞましい副作用にうち克った者にのみ、騎士への道が開かれるのだ。しかしそれとても、騎士の選考対象たる資格を得たというに過ぎない。真に困難なのはここからだ。騎士見習い同士の熾烈な競争、騎士団による容赦のない篩落し――かくして選び抜かれた者に、最後の試練が課せられる。それぞれ騎士団から申し渡された課題を帯び、世界へ旅立つのだ。この課題を成就してみごと帰還を果たした者が、晴れて騎士叙勲を受けることになる。
 黒髪の男の長剣がはじきとばされ、激しく回転して空を舞った。そのまま落下してアリーナの砂地に突き立つ。男は必死に形勢逆転の余地をさぐったが、女の残心は完璧で、一分の隙も見出しえなかった。
「ま、まいった」
「それまで! 勝者、シール・マティーヤ」
 ジルアデス男爵がエルベートに語りかけた。
「エルベート、どうだ、あの娘は。なかなかの腕だろう」
「鋭鋒ですね。鋭すぎて、なかなか適当な鞘がありますまい」
 エルベートは騎士的な云い回しで評した。
「手合わせしてみてはどうかね? たまには後輩に稽古をつけてやるのも、先任の務めだぞ」
「稽古、ですめばいいんですけれどね。前途ある彼女のためにも遠慮しておきますよ」
「おぅおぅ、いっぱしの口をきくようになったじゃないか、若造」
 ジルアデス男爵が手をうって囃した。

 ケルバス伯の執務室に出頭を命ぜられた騎士見習いは、次の三名である。褐色の肌に黒い瞳、頭髪を剃った小柄な男、ヴァンダール。おそらく先天的な白子なのだろう、病的に色白な金髪の優男、リュージュ。そして、シール・マティーヤ。
 ケルバス伯が一同をみわたし、おごそかに宣した。
「近衛騎士団は、汝等三名を本年の騎士候補と認める。これより各々に最終課題を申し渡す。が、この最終課題にかぎり、汝等には拒否する権利がある。拒否権を行使する場合は、ただちにこの場より去るがよい。むろん、その場合は騎士団より即時除籍となる」
 エルベートもなりゆきで騎士団幹部たちの末席に連なっていた。それなりに緊張した面持ちの騎士見習いたちを観察しつつ、ふと考える。この場面に臨んで拒否権を行使したある意味勇敢な騎士見習いが、はたして過去にいたのだろうか?
 一分の沈黙の時が流れた。ケルバス伯の執務卓の前に並んだ三人の騎士見習いは、しわぶきひとつしない。ケルバス伯が頷いた。
「ヴァンダール、汝の最終課題を申し渡す。惑星ランフリート、神殿都市クランザードに赴き、七年に一度開催される軍神ケイゼリューク奉納闘技会に出場し、優勝せよ」
「委細承知」
「リュージュ、汝の最終課題を申し渡す。惑星プリニティア、カイヨール砂漠の地下迷宮に単身赴き、迷宮奥深くに巣くう魔獣コカトリスを退治せよ。尚、あかしとしてコカトリスの首級を持ちかえるべきこと」
「委細承知」
「シール・マティーヤ、汝の最終課題を申し渡す。コルトナイドのいずこかにおわす伝説の剣聖、ミナト老師の草廬を訊ねあて、老師の謦咳に接すべし」
「……お会いするだけでよろしいのですか?」
「然り。返答や如何に」
「委細承知」
「期限はことさら設けぬ。課題が成就するまで帰還するにおよばず。十年二十年の歳月をかけ、課題に挑むもよし。課題を断念し、そのまま出奔して在野の人となるもまたよし。いずれの選択も苦しからず。我等はただ、帰還者を正騎士に推挙するのみである。汝等の武運を祈る」
 あいかわらずしんどい課題を考案するものだ……エルベートは見習いたちに同情したくなった。最近四年間、騎士叙勲を受けた者はいない。つまり、無事に帰還した者が皆無ということだ。武運は、まったくもってたっぷり必要なことだろう。
(シール・マティーヤは剣聖探索の試練か。みっつの課題のなかでは比較的容易に思えるが、じつはもっとも困難な荊棘の道だ)
 この瑠璃色の髪の娘は、ユーキ提督やメルレーン提督の友人だと聞いている。
(死ぬなよ……)


 ウェンディ准将とミサーキ准将がユーキの執務室にやってきた時、ユーキは例によってうたた寝の最中であった。ノイザー方面艦隊の参謀総長をつとめるウェンディ准将がユーキを揺り起した。
「総司令官閣下、起きてください。ゾディート星間雲で始まったようです」
「むゅ……ん、んあ?」
 厨房のおばさんとでもいったふうないでたちの中年女が、ユーキの横に立った。
「まったくこのネボスケ坊やは! ほれほれ、起きた起きた」
 ノイザー方面艦隊の後方支援いっさいを統括する女提督、ミサーキ准将がユーキの耳元で声をはりあげる。彼女は平民あがりの叩き上げで、艦隊の全将兵に「おっかさん」と慕われる女傑だ。相手が皇族のユーキだろうが名もなき一兵卒だろうがおかまいなしで、万事がこの調子であった。が、こう見えても艦隊戦における後方支援に関しては帝国軍屈指で、かの名軍師、グリンステール・セートレード元帥も舌を巻く辣腕である。
「んもう、そんな大声ださなくても起きたよ、おっかさん」
「よくもまぁこの非常時に、そんな四六時中居睡りばかりしてられるもんだねぇ、ユーキ提督」
「人間は睡眠不足だと、いい判断はできないのさ。あと、空腹でもね」
 ユーキは艦内通信で厨房を呼び出し、揚げパン、コンソメスープ、フルーツサラダ、ベーコンエッグ、コーヒー、ヨーグルト等を申し付けた。
「きみらも食べていくかい?」
「ではご相伴にあずかりますかな」
「三人前頼む」
 ユーキが幻影窓に映った担当下士官に云った。
「健啖だけれど、皇族の方にしては意外に質素ねぇ」
「前線だから、あまり贅沢も云えないでしょ。今度おっかさんの手料理を所望させてもらうよ」
 ユーキが二人にソファーに座るよう促した。
「で、メルレーンのほうはどうなんだ? 敵の戦力は? 何隻ひっぱりだせたのかね」
「最新の報告では艦艇四万隻。目下情報参謀が戦力の分析をすすめております」
「敵艦のなかにアクアガルトの総旗艦リデル・イーアを確認できたか? 最優先で調べてくれ」
「御意」
 戦闘艦リデル・イーアは、《白銀の魔女》と渾名される敵将フェブリィ・ヨーカの座艦として有名だ。
「敵さんも物好きだわ。あんな航路の難所を確保するのに、少ない手駒から四万隻も割くとはねぇ」
「敵には敵の事情があるんだろうさ。たとえば……ポネル・ラームやバルトリンゲンあたりに通じる道を確保しておかなきゃならない、とかね。ま、現段階では情報評価しかねるけど」
 ウェンディ准将が訊いた。
「これからどうなさいます?」
「そうだな。せっかくセントパールに至る道が手薄になったんだ。一気呵成にカイラール天河を越えてしまおうか」
「リヴァール要塞が厄介ですな。フェブリィ・ヨーカもさることながら、ティケン伯爵、彼が手ごわい」
「リヴァール要塞は正攻法で攻めても抜けないよ。兵力はウチのほうが十分にあるんだから、遠巻きにして、王都攻略にとりかかるのが効率的というものさ。リヴァール要塞の抑えは、セバスガルト方面艦隊に任せておく」
「メルレーン提督への援軍は?」
「機動艦隊二万隻を急行させよう」
「すぐ手配します」
 席を立とうとしたウェンディ准将をとどめるユーキ。
「そう慌てなさんな。まず食事をとっていきたまえ。腹が減っては戦はできぬ、だよ」


 〜続く〜
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