リナーテ鋼の重破砕剣が陽光をはじいた。鍛練用の素振り剣だろうか――刃渡り二フヤールもあらんかという武骨な段平は、世の常の者なれば重過ぎて到底実戦に使えるようなしろものではない。が、それを扱う者が羽林(ディ・ベーレト)の騎士であるとなれば、また話も違おう。
ヒューーー……
あるかなきかの呼気。ゆっくりと剣を振りかぶり、剣先が最高点に達してしばし静止。微風に木々の葉がそよいだ。研ぎ澄まされた剣気が漲る。しかしそれは、男の周辺の空気をおびやかさず、むしろ一体となって融けこむ。斯道に通暁した人なれば、その剣心一如の高みに感嘆を禁じえなかっただろう。次の瞬間、鮮やかに打ち下ろされ静止する重破砕剣。重量のある剣を、まるで竹竿か棒切れのように扱う凄まじい剛力だった。
諸肌ぬぎ、鍛えに鍛えぬかれた傷だらけの上半身を白日の下にさらしている男。よじれた荒縄のように筋肉がもりあがり、汗に濡れた肌からはゆらゆらと陽炎めいた湯気がたつ。が、呼吸は決して乱れることなく、常に一定であった。
「……」
一心不乱に素振りをくりかえしていた男は、人の近付く気配を察して素振りをやめ、剣を地面へ斜めに突き立てた。木の枝にひっかけてあった綿布で汗を拭うと、上衣に袖をとおしてその人を待つ。
「え? マリィ嬢? ……貴女でしたか」
木立ちの陰で、こちらに声をかけたものかどうか躊躇っていた令嬢を見わけ、男は声をかけた。マリィはかくる深呼吸してから男の前に進み出た。
「病室のほうにうかがったのですが……看護婦に、たぶんこちらにおいでだと聞きましたので。あの、怪我のほうはもう?」
マリィの緊張が伝染したかのように、男もやや身構えた。ふとそんな自分を意外に思い、苦笑をもらす。
「ごらんのとおりですよ。担当軍医殿のお話では、経過もよいそうです。貴女のおかげですね、レディ」
マリィは赤くなって俯き、消え入るような声でこたえた。
「いえ、わたくしなど……何もしておりません」
深窓という形容がぴったり合いそうな令嬢に、このような仕草をされたのでは、どんな朴訥な男でも平静でいるのは難しいに違いない。さしも心身の錬磨をかさねた剣のてだれも、言動の端々に内心の揺らぎがかすかに現れでた。
「今日は、その……わざわざお見舞いに?」
「ええ。父は皇帝陛下の行幸に供奉しておりますので。代わりにあなた様の様子を見て参るよう申しつかりました」
「そうですか……」
腕組みしたエルベートの顔に、にわかに苦渋がひろがった。
「あ、あの……どうなされたのでしょうか」
「申しても詮無いことですが」
「……」
「私は騎士の名を穢してしまった。僚友たちに会わせる顔もない」
「エルベート様は身を挺して、刺客の兇刃よりゼルティア子爵殿下を護り参らせたと洩れ伺いました。なんの恥ずべき理がございましょうか」
マリィはひたむきな光をたたえた瞳で、まっすぐにエルベートを見た。苦笑とも困惑ともつかぬ曖昧な表情で、エルベートは目をふせた。
「しかし、過日の曲者は魔操手であったとはいえ子供でした。そのような者に後れをとり、恥辱この上もありません」
「失礼ながら、騎士らしからぬお考えだと思います。あなた様と対等に渡り合ったとなれば、その者もそれなりの鍛練を積み、武辺に開眼した戦士と申して苦しからず。子供とて侮らず、好敵の武勇に敬意を払い、再びあいまみえる時に雪辱を期すことこそ、まことの騎士たるお方に相応しき意気かと」
「なるほど。そういう考え方もあり、ですか」
まさか、このたおやかな令嬢の口から騎士道云々的な話を聞くとは思わなかったので、エルベートは妙に感心してマリィを見直した。マリィの顔に、しまった、とでも云いたげな後悔の色が瞬間うかんだ。そのまままた、頬を染めて俯いてしまう。
「生意気なことを申しました。お許しください」
かろうじて聞き取れるくらいのちいさな声で、そう云う。
(かわいい方だな)
マリィとのやりとりに和むものを感じて、もうすこし、この少女と時間の共有をしたいという欲求がこみあげた。
「ご迷惑でなければ、これからお茶などいかがですか」
「え? あ――はい」
「よかった。ちょっと穴場な喫茶店があるんですよ。参りましょう」
思いのほか昂揚している自分に戸惑いつつ、エルベートはマリィをエスコートするべく、彼女の繊手をとった。
「総司令官閣下。ランテル少将閣下がお越しになりました」
副官が取り次いできた。
「お通ししろ」
照明をおさえたドーム形状の部屋。中央にぽつんとしつらえられた木彫りのちいさなテーブルと二脚の椅子が、無機質的で殺風景な部屋とはどこかそぐわない。部屋の壁の半分ほどは展望窓となっていた。分厚い展望窓を隔てた向うは、美しくも苛酷な宇宙空間。
宇宙戦艦は、それ自体が芸術的な機構であり、失われた技術の結晶である。魔法樹脂と虚数物質ジーヌ結晶の結合からなる界封体硝子ひとつをとってみても、現代の魔法使いや錬金術師たちには創造かなわぬ物質だ。
その界封体硝子の展望窓を通して、星々の大海に見るともなく視線を遊ばせる男。星々が瞬いた。否、そは星に非ず。大気の揺らぎなど存在せぬ宇宙空間で、恒星は瞬かぬ。それは、全方位に散開して布陣するゼランの宇宙艦隊であった。
男の背後で声がした。
「遅参つかまつった。お呼びだそうで、ボードン提督」
「うむ。多忙のところすまんな。まァ掛けられィ」
ハルザーニ方面艦隊総司令官ランテル少将と、セバスガルト方面艦隊総司令官ボードン少将――彼等は、アクアガルト攻略作戦の最前線で指揮をとる帝国軍の司令官たちである。
ボードンが云った。
「戦況のほうはどうかね?」
「あいかわらずだ。膠着状態にはいってそろそろ二ヶ月になるか。鎮守府上層部もそろそろ痺れを切らしている頃だろう」
「さきほどルディオローナ鎮守府から次元通信がはいった。標準時にして今から二〇時間ほど前、京師で観閲式典を終えたゼルティア少将の艦隊が、出征の途についたそうだ」
数万光年という距離を隔てていてなお、同じ時間系を共有できるという事実。これまた、巨大な星間帝国の存立を可能たらしめている古代魔法文明の恵沢にほかならぬ。錬金術師たちのいう《物理学の壁》を超越する力だ。
「いよいよゼルティア少将が出馬してくるか」
「通信では、ノイザー方面には向かわず、最短航路をとってこちらへ向かうとある。ノイザー方面に展開している彼の麾下艦隊は、いくつかの星系に集結してから、ルーシャント星海に回航するようだ。おそらくカイラール天河の宙域で合流するつもりだろう。戦力は艦艇三〇万隻といったところだ」
「前線への到着は?」
「さて、三〇万隻の大軍となると足も鈍かろう。ここアクアガルト腕は、帝都とは銀河中心核をはさんで、ちょうど対蹠の位置になるからな」
ボードンがグラスをふたつ取り出し、手ずから葡萄酒を注いだ。
「肴はレーア産の燻製チーズでよいかな? 帝都の黒麦酒とよく合うんだが、葡萄酒でもなかなかいける」
「うむ、結構だ。頂こう」
二人の提督は無言でグラスを掲げ合い、葡萄酒に口をつけた。
「さて、今後、我等のとるべき方針について相談するべく、貴殿にこうして御足労ねがったわけだが」
ランテルが渋い顔をして、飲み干したグラスを弄んだ。
「鎮守府の奴原は、さぞかし我等を嘲笑っておろうな。敵に数倍する兵力を擁しながら、あのような小城ひとつ抜けぬとは……大本営への聞えも悪い。このままでは、俺もおぬしも昇進どころか轗軻をかこつことになりかねんわ」
「リヴァール要塞は小城とはいえ、攻めるに難く守るに易い天然の要害だ。霄勢だけではない。城将はアクアガルト王国随一と音に聞えし戦上手、フェブリィ・ヨーカ。攻略が難しいのは、はじめから分かっていたことだ」
「ええい口惜しい! 憎らしい魔女め。《白銀の魔女》だかなんだか知らんが、戦歴浅き小娘にいいように翻弄されるとは。俺も焼きが回ったものよ」
「寡兵をもって我等の大軍をささえておるのだ。敵ながら天晴れ見事なりと称賛するしかあるまい。フェブリィ・ヨーカの用兵の妙は、実際に当った者でなければわからぬ。彼奴がおらねば、今頃、王都セントパールは我が軍の手中におちていただろうさ」
ゼラン連合帝国の本拠地たる水晶星雲に、唯一残された敵対勢力。それが、アクアガルト王国だった。いにしえの時代には、ゼランと水晶星雲を二分して激しく相克をくりひろげた強国も、今や内憂外患の国難あいつぎ、滅亡の危機に瀕している。特に、帝国においてカールリート五世が即位してからというもの、年々ゼランに領宙を侵蝕され、ついに天翔図上の国境線は、カイラール天河という一衣帯水を隔てるのみで、王都星系セントパールを望むところまできた。この五年間の間に、帝国は長年の宿敵を一気呵成に屈服させるべく、幾たびとなく大軍を動員してはセントパールに攻め寄せた。そのことごとくを撃退したアクアガルトの女将を、いつしか前線の帝国軍将兵たちは、畏怖の念をこめて《白銀の魔女》と仇名するようになっていた。
「個人的には、これからまいるゼルティア少将との対決が見物だわィ」
「暢気だな、ボードン殿。彼が赫奕たる武勲を顕わしてみよ。我等の立つ瀬がなくなるぞ」
ボードンはランテルのグラスに葡萄酒を注ぎ足した。
「まァ聞け。京師では方今、皇嗣の座をめぐって諸侯の暗闘が激化しておる。洩れ承るところによれば、ユーキどのをフィアンナ皇女さまの夫君となし、摂政に推す動き、なかなか端倪すべからざるものありとか。ここは彼の補佐に徹し、彼に華を持たせることも深慮遠謀というものぞ」
ランテルは鼻に皺を寄せた。
「そのような処世術、俺は好かん。ちと懈怠に過ぎるぞ。ゼルティア少将に配慮したいならば、セントパール攻めの功名を彼に譲ればよいではないか。リヴァール要塞はなんとしても我等が艦隊で落としたい。さもなくば、武門の面目あいたたぬわ」
「フゥム……一理あるな」
「ゼルティア少将赴援の報は、すでに敵方にも聞えておろう。そこで、我等は援軍の到着まで兵力の損耗を避けるため、持久戦のかまえを採るとみせかける。さすれば敵は、必定なんらかの軍事行動を起こそう。フェブリィ・ヨーカほどの者が、座して不利な状況に陥るのを待つとも思えぬからな」
「あの策略家へ、先手の利をくれてやることになるが?」
「打撃は覚悟の前よ。艦隊戦に持ち込めば、数の多い我等の勝ちだ」
だだっぴろいホールの円柱の陰で、ふたつの人影が重なり合う。熱い抱擁をかわしあう男女だった。
「さ、もう行くぜ。お勤めがあるからよ」
「今夜また逢える? あっ――ちょ、ん! あぁん……ちょ、ちょっとぉ……ん、あ、そ、そんなところ……ひゃぅん!」
「オイオイ。ンなかぁいい声だされっと、またこのへんがウズウズしてくらぁ。へへへ、もう一回戦いくか?」
不埒者の男が、いざ行為に及ばんとしたその時。
ガチャ、ギィィィィ――
巨大な扉が軋む音に引き続き、かつーんこつーんと規則正しい靴音がホールに谺した。男は円柱の陰からひょいと顔をだし、野暮な闖入者を睨め付けようとしたが、薄闇の中で闖入者の顔を見分けた途端、狼狽して首をひっこめた。
(やべ……)
凍りついたように息をひそめる男と女。靴音が近付いてきて、そして次第に遠ざかる。男がほっと息をついたのと、靴音が止まるのと同時だった。
「デイファ。とっとと艦橋へ来い」
一言云い置いた闖入者がホールから出ていくのを待って、デイファは頭を掻いた。
「なんでぇ。お見通しかよ」
仇名の由来ともなった長いプラチナ・ブロンドを背中で束ねた美貌の女将は、中空に浮かぶエステルド・オーヴをじっと見つめ、考えに耽っていた。
「帝国軍の動きがせわしない。艦隊の布陣を変えるようだ。手薄なポイントが目に付く。露骨に意図的だな」
背後に人の気配を察し、前を見据えたまま語りかける。
「懲りねーヤツらだぜ、ったく。――と、そりゃそうと、さっきは、その、すまねぇ」
後ろに立ったデイファは、さして悪びれたようすもなく謝った。
女将はふりかえって首を傾げた。
「すまないとは?」
「なんつーか、マズイとこ見られちまったな」
「おまえの私生活に干渉するつもりはない。興味もない。ただ、副将として職責はきちんと全うしろ」
「ハイハイ。けどさ〜、なんか身も蓋もないね。……俺のほんとうの気持ち、知ってるくせによォ」
「……フッ」
「ま、その冷淡さもひっくるめて、俺はヨーカが好きなんだけどよ」
デイファはさっと周囲に人目がないことを確かめてから、素早くヨーカの腰に手をまわして、ぐいと彼女を抱き寄せた。ヨーカはべつだん抵抗もしなかった。ただ、微かな薄ら笑いをうかべてデイファを見返す。女の手が、服越しに男の股間をまさぐった。
デイファは一瞬おやっという顔をしたが、次第に喜色満面となり、ヨーカにキスをしようとした。が、すぐにその顔は蒼白となり、恐怖にひきつり歪んだ。
「どうした? ン?」
「……す、すまねぇ。ちょ、ちょっと軽い冗談のつもりだったんだ……ゆ、許してくれ」
ヨーカは煽情的にデイファの顎に指を這わせた。彼の耳朶に囁く。
「抱かれてやってもいいぞ。ただし、おまえがユーキ・アーファン・ゼルティアを斃すことができたらな」
デイファは唾を飲み込んだ。色香に惑わされたというわけではなく、ヨーカの眼光に込められた凛烈な気迫に圧倒されたのである。
ヨーカがデイファから身を離し、白いマントをひるがえした。
「至急、作戦会議をひらく。各部署の指揮官たちに召集をかけてくれ」
その背中を見送りつつ、デイファは冷や汗を拭った。
「……おっかねー女だぜ。危く潰されるとこだった……」
難攻不落のリヴァール要塞。ブラックホール事象の地平線上に、魔法技術で異次元側から繋留されたこの天体要塞は、まさに天然の要害であった。アクアガルトにとっては、文字通り王都鎮護の最後の砦である。
この要塞を抜かれることは、王国存亡の死命を制せらるることと同義だ。ゆえに、その防衛体制はアクアガルト全軍の総力を結集したものであった。主将は大都督アレクシウスの一人娘フェブリィ・ヨーカ。副将は城砦戦の専門家たるティケン伯爵と、傭兵上がりで遊撃戦に長けたデイファ提督のふたり。ほかに《向う傷》の仇名あるリーグラン提督、《美髯公》ベルティス提督らの猛将がおり、参謀総長にはアトランズ伯爵という顔ぶれ。衰えたりとは申せ、七大列強の一角。人材は豊富だ。いずれもコルトナイド諸国に勇名を馳せた将星で、まさに綺羅星の如しであった。これら諸将の指揮のもと、亜空間に待機する駐留艦隊は総数一〇万隻におよぶ。
(このいくさは王国にとって背水の陣でもある……打開の策は、戦を長引かせるよりほかない)
ゼラン帝国は強大であるが、決して盤石ではない。そこに活路を求めるのだ。
兵士たちに悲壮感はなく、士気は旺盛だった。過去の連戦で、ヨーカが帝国軍を手玉にとってきたこともあり、ゼラン恐るるにたらずとの意識が植え付けられているのだ。
(だが……)
ヨーカはひとり、夜もろくろく寝られぬほどの不安と懊悩に苛まれていた。部下の前でそのような素振りを見せることは決してなかったが。
(ユーキ・アーファン・ゼルティア子爵)
その名は、何故か戦慄を呼び起こす。まだ直接砲火を交えたわけではない。が、情報をかき集めれば集めるほどに、容易ならぬ敵手であると、軍人の勘が告げて熄まぬ。
戦うのが怖い――そう感じた敵は、かつてない。
(彼が戦場に着く前に、目の前の帝国軍だけでも叩いておかなければ)
ヨーカは果断だった。兵法を諳んずる者が、必ずしも優れた将帥であるとはかぎらない。兵法など知らずとも、感覚を磨き上げ、戦の流れを読み、適切な手を打てる指揮官が良将なのだ。その意味において、彼女はまぎれもなく当代屈指の良将であるといえた。
帝国標準暦4144年カルコ・パルコの月(十四月)二十三日七時。
「艦隊前方に時空震を確認」
「索敵オーヴに反応!」
リヴァール要塞砲塔群の射程外ラインに半包囲陣を敷く帝国艦隊。その鼻先に突如時空転移してきたアクアガルトの艦隊が、帝国艦隊に猛烈な砲撃をあびせる。不意を衝かれて結界を展開しそこねた艦が次々と撃沈されていった。
「小癪なり。加粒子砲ていどの砲火で我が艦隊は綻ばぬわ。結界艦前へーっ!」
アクアガルト艦隊の主兵装は加粒子砲である。兵器廠遺跡から発掘される念操宇宙戦艦には、反物質砲や魔光子砲といった兵器も標準搭載されているにはいるが、同国ではエステルド・オーヴの制御セクターがいまだ解析されておらず、これらの魔法兵器を使用できないのだ。
そのかわり、リヴァール要塞には次元縮退砲が備わっている。ゼランの戦闘艦や重巡航艦の主砲たる魔光子砲をも凌駕する、指向性タキオン兵器の一種だ。
タキオン兵器とは、射出される幽星子等の粒子や波がいとも簡単に光速の壁を超えるという、摩訶不思議なシロモノである。錬金術師たちによれば、ここに自然界との歪みが生じ、加速度的に歪みが蓄積されるのだという。自然界はもとの平均を取り戻そうとするため、巨大な反作用の理力が生み出されることになる。この力を攻撃力へと転用したものが、すなわちタキオン兵器ということになる。
次元縮退砲は、ビーム射出初速で光速、射線フィールドの次元縮退によって超光速を得る魔法兵器である。超新星爆発の数億倍といわれる巨大なエネルギーを限定された空間に凝縮するため、むろん破壊力のほうも抜群。弱点は、幽星力(アストラル・レシェット)の充填に時間がかかること、機構が大規模に過ぎ、機動的な運用ができないことだった。
帝国の前衛艦隊を任されたブラン准将が応戦の命をくだす。
「全艦、砲門開けー。敵艦隊に照準固定。攻撃開始」
一斉に放たれた幾千万の光条が、漆黒の闇をつんざいた。要塞後方のブラックホールによる異常重力場や、狭隘な空間に密集する幽星子の相互干渉などといった影響下における砲撃の軌道修正値をはじきだすため、各艦のエステルド・オーヴは唸りをあげてひときわ輝く。
「リヴァール要塞との相対距離に留意せよ。次元縮退砲の射程にははいるなよ」
戦端開かれるの報はすぐさま本陣のランテル、ボードン両少将へもたらされた。
「誘い水に乗ってきたか。この機を逃すな。敵要塞砲塔群の死角より敵艦隊に急迫せよ。無理矢理乱戦に持ち込んで、要塞砲塔群の掩護射撃を封ずるのだ」
次元縮退砲さえ実質的無力化においやれば、要塞外殻に強襲打撃艦を接舷させることができる。
二十三日十八時。
リヴァール要塞から約一五〇〇光秒のライン付近で激突する両国の艦隊。一〇時間ほどの戦闘の間に、戦線は加速度的に拡大していった。
「さすが帝国軍は錬度が高い。個艦レベルで概観しても、闘いぶりが玄人だ」
アクアガルトの総参謀長アトランズ伯爵がつぶやいた。
「敵を目標宙域に誘導するのは骨がおれますぞ、ヨーカ殿」
「彼らも必死なんだろう。生き残るためにな」
宇宙艦隊戦の本質は、云い換えれば並列連結されたエステルド・オーヴ網同士の多元情報戦である。数億年の永き時を蓄積され続け、洗練に洗練を重ねてきた戦略戦術の記録の衝突。一見それは、あまりにも高度に体系化されているため、指揮官個人の資質など介在する余地はないかに思われる。が、実はそうではない。結局のところ、武器が剣であれ弓であれ巨大な魔法兵器であれ、いくさの帰趨を決する最大の要因はそれを運用する人間なのだ。
逐次更新される立体幻影から片時も目を離さず戦況を見ていたヨーカが、とつぜん指揮杖をふるった。
「今だ! 座標2765‐3350に集中砲火を浴びせよ」
針の耳の如き、帝国艦隊のわずかな隙を見逃さず、攻撃命令を下す。そこは乱戦によって陣形が崩れたため、いままさに新手の艦艇一〇〇〇隻ばかりが、中小破した僚艦らと入れ替わろうとしていた戦線であった。こうした微かな兆候を読み取ることは、エステルド・オーヴではなかなかに難しい。
「高エネルギー反応多数、急速接近!」
「回避ーっ! 回避しろっ!!」
「だ、ダメです! 間に合いま――わぁーーーーっ!」
単発では大型艦艇の防御結界を貫けぬ加粒子砲といえども、収束させれば相乗効果によって魔光子砲を超越する破壊力を得ることもできる。
「いやだいやだ! 死にたくねェ! オレは先月、娘が生まれたばかりなんだぞっ!」
「ぼぼぼ僕だって故郷でフィアンセが待ってるんだ! 冗談じゃない。こんなとこで死んでたまるか!」
「年老いた両親がいるんだ! た、助けてくれっ!」
「皇帝陛下万歳……」
まさに死の光に飲み込まれる瞬間、将兵によって反応は十人十色であったが、この一分間にも満たない攻防の間に、一七〇〇隻ほどの軽巡や駆逐艦が轟沈。二〇〇〇万人以上の将兵が、細胞も残らず蒸発して鬼籍の人となった。
攻勢ではきわめて勇敢に戦う軍艦も、一旦後方へ退くという時に急追されれば思いのほか脆い。
「被弾した艦を優先的に退らせろ。負傷者の収容急げ」
秩序回復に努めようとする帝国軍であったが、アクアガルトの猛攻はそれを許さなかった。離脱を急ぐ艦艇同士があちこちで衝突し、たちまち大混乱となった。そこへ容赦なくふりそそぐ反物質弾。
「おおお落ち着けェー! ものども落ち着くのだァー!」
「艦長! 落ち着いてください!」
弾幕から逃れようと狼狽するあまり、戦場のタブーを冒して敵前回頭する艦が続出した。これが混乱に拍車をかける。潰走が潰走を呼び、蟻の一穴から堤防が決壊するように、全軍へ恐慌が伝播してゆく。
二十四日十二時。
帝国の前衛艦隊旗艦、戦闘艦ヴィルコス爆沈。自ら陣頭にたち、堅忍不抜の覚悟で戦線の再構築に奔走していたブラン准将が戦死した。
この頃から、要塞制圧戦に備えて温存されていたハルザーニ方面、セバスガルト方面両艦隊の主力が、新たに戦線へ投入されはじめた。リヴァール要塞への接近を作戦の主眼に置いていた帝国軍司令部だが、予想外のアクアガルト軍の奮戦の前に、これを一時断念せざるをえなかったのだ。
陸続と新手を繰り出してくる雲霞の帝国艦隊を相手に、さしものアクアガルトの猛攻もようよう鈍りつつあった。戦闘が開始されてから、すでに三〇時間ちかく経過している。魔法兵器は疲れを知らずとも、それを駆使する生身の将兵はそうもいかない。
アクアガルトの総旗艦リデル・イーアにおいて不眠不休で采配をふるっていたヨーカにも、さすがに疲労の色が濃かった。見かねたアトランズ伯爵が休息を奨めたが、聞き入れなかった。
「しかし長丁場ですぞ。指揮はそれがしが代行いたしますゆえ、休まれませ。戦況に変化があれば、すぐにご注進いたす」
「ありがとう。でも、いい。敵の主力が動き出した。あと少しだ」
「一口だけでよい。気付けに香酒でも呑まれい」
アクアガルト艦隊が圧されだした。交戦ラインがじりじりと後退しつつある。
(目標宙域まであとわずか……)
二十四日十六時。
アクアガルト全艦にヨーカの指令が発せられた。
「《夕霧》作戦開始」
「ハッ! 《夕霧》作戦開始せよ」
にわかにアクアガルト艦隊の動きが遽しくなる。
「宙雷戦部隊、機雷敷設急げー!」
「亜空間、無人駆逐艦部隊、時空転移座標、最終確認――突撃準備完了!」
「よし! 全艦、艦首仰角方向へ転進! 敵艦隊の頭をかすめ、最大戦速にて戦場より離脱!」
「いいか、結界など展開せずともよい。急速離脱を最優先せよ」
「ようそろー!」
同時刻。
帝国軍ハルザーニ方面艦隊旗艦モリアーディ艦橋。
ランテルが勇躍した。
「それっ! 敵は崩れたったぞ。追え! 敵の首魁、《白銀の魔女》を逃すでない!」
「ボードン少将閣下より念信。幻影窓、開きます」
『ランテル提督、ちょっと待て』
艦橋ホール中空に幻影窓がひらくやいなや、開口一番そう云う。
「なんだ!? 敵が逃げてしまうぞ!」
『相手はフェブリィ・ヨーカだぞ。何かの罠かもしれん』
「敵は六万隻。我が軍は二五万隻。罠など物量で粉砕してくれるわ」
『しかし、崩れたにしては、敵の艦隊機動が秩序だっておる――』
ランテルはボードンを指し示して怒鳴りつけた。
「臆したかボードン! もうよい。俺がやる。足下は指を咥えて見ておれ」
強制切断されホワイトアウトした幻影窓を見つめながら、ボードンは侮蔑を込めて吐き棄てた。
「猪突猛進しか能のない猪武者め……奴は長生きできんな」
二十六日十一時。
標準時では、あっというまに二日が経過している。体感時間では、まだ二〇分ほどの感覚だ。亜光速での追撃戦に移行したため、標準時と艦内時の時間の流れ方が著しく異なるのだ。
「アクアガルトの奴原め、逃げ足は早いではないか。通常航行で、これほど光速の近似値をだせるか」
「彼の国の錬金術師たちは、機動力を重視してエステルド・オーヴの解析を進めたのでしょう。このいくさに勝利すれば、彼らの軍事機密も我が国のものとなります」
ランテルは、こみあげる笑いを抑えかねた様子で云った。
「ふふふふふ――フェブリィ・ヨーカの首級をあげ、リヴァール要塞を陥落せしめたならば、アクアガルト平定の戦功第一は俺だろうな」
「総司令官閣下。敵艦隊を魔光子砲射程内に捕捉」
「ヨォォォーシ! ものども。勝利の美酒は目前ぞ。撃てェー!」
その時、突然艦体がおおきく揺さぶられた。全長五〇〇モイヤール(≒五〇〇キロメートル)を超える大型艦が、激しく揺さぶられるなどただ事ではない。
「何事か!?」
「て、敵です! 敵駆逐艦が我が艦隊腹中に多数、時空転移してきたもよう」
「うろたえるな。おそらくは本隊の遁走をたすけるための、捨て身の突貫であろう。おしつつんで各個撃破せよ」
「はっ!」
ところが、ものの数秒とたたぬうち、艦隊後方の各艦からの通報が旗艦モリアーディに殺到した。
「たいへんです閣下!」
「ええい……今度は何だ!?」
「我が艦隊中に跳躍してまいった敵艦ども、次々に自爆しております。僚艦の被害甚大!」
「なッ……何ィ〜〜!?」
アクアガルト駆逐艦部隊の自爆連鎖がもたらしたものは、これだけにとどまらなかった。宇宙空間中に大量に撒き散らされた不安定な幽星子が、まだらな密度で次々と相転移しはじめたため、幽星子乱流を誘発したのだ。おそらく当初からこうなることを企図して、抽出貯蔵された魔力結晶を満載していたに違いない。
「索敵オーヴ、使用不能! 電磁波、光波、重力波、いずれも探知できません!」
それは、云うなれば五感を奪われたに等しかった。帝国艦隊は指揮系統を完全に寸断され、無防備な状態で立往生することになったのだ。
「なんてこった……」
ランテルの口から絶望のうめきが洩れた。
「僚艦とは連絡がつかんのか!?」
「ダメです! 念波も遮断されています……」
「おのれェ……」
歯噛みしたとて、もはや後の祭である。
「最大出力で結界を張れ」
もちろん、そんな命令は気休めでしかないことを知るランテルであった。
果たして次の瞬間、烈光が彼の視野を埋め尽くす中、指先から素粒子に還元されてゆく己の肉体を、茫然と、なすすべもなく見つめるのみだった。
「魔女め……」
その最期の呪詛の言葉とともに、ランテル少将は消滅した。
「一人は片付いた。お見事です、ヨーカ司令」
「まったく。入神の采配とはこのことよ」
ティケン伯爵とアトランズ伯爵がヨーカを褒め称えた。
「御両所とも、気を引き締められよ。これから難敵が来寇してくるのだからな」
〜続く〜